2009年05月27日

■うーーん

理科の予算がいっぱい。

各理科のお仲間うちでも話題騒然だ。。1校100万円(小〜高)
今週中に,予算に見合う備品をピックアップしないと,
「遅いとダメ」の但し書きからも,いただけなくなってしまうらしい。
先週末,勤務校にも文書が届き,あわてふためく理科担当でした(笑)
・・いや,笑ってはいられないけど。
あと,何年間分,先を見越した教材充実にあたらなくちゃね。

posted by とし at 06:57| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

■学力へのヴィスタ1

■PISAの結果(文科省)の発表とともに,その考察的記事等が,世論に見紛うワイドショー的脚色も引き連れ,まことしやかにネットを含めた巷のマスコミに流れている。

結果の数値的「事実」と,専門家・学者やコメンテーター等の「私見」とがごちゃ混ぜにされ,今まで何となく築かれてきた既成概念「どうせダメな教育改革」的投げやりさも手伝って,「学力低下」が断片的に論われ,本当に大切な中核の部分は棚上げされいるのかもしれない。いろいろ並べられたとしても,「学力低下はゆとり教育の弊害」・・と,極論はそんな所におちつくのだろう(笑)

すこしだけ古をふりかえれば,これまた世論紛いのマスコミの煽りを受け,「受験戦争」「知識詰め込み主義」・・と大わらわされた時代。現行の「生きる力」に行き着くまでの,這い回る的「ゆとりと充実」「総合的な学習の時間」云々を目玉とする教育課程を実施してきた我々教員達。目まぐるしい時代の要求に「急務」とばかり,ただただ,前倒しに,前のめりに突っ走ってきた。・・結果「学力低下」とは茶番劇に等しいかもしれない。

PISAの結果を待たずに,11月上旬には,■新学習指導要領改訂の骨子が発表になった。中教審のまとめからも,様々なヴィスタ:展望が織り込まれていることが受け取れる。
人的・物的教育環境を含め,器を整えることは大切だ。その中に蓄えるべき内容が,すでに溢れんばかりにあるのだから。ただ,その器は何のために必要なのか,その使途は?など,本来の存在目的,使用目的をはっきりさせることが欠かせないと思う。基本は,子供達が生きる指針をどれほど持てるかってこと。
生活科・総合的な学習の時間・・目玉商品らは,何を求められているのか直視すべきだ。時数の確保が危ぶまれる中,我々はどこへ漂流するのか・・。いや,漂流などしている場合ではない。次代を担う子供らへ,具体的処方を確実にしていく必要があるからだ。佇んでるわけにもいくまい。そして,見切り発進の害を再度繰り返すわけにもいくまい。
今急務とされることは,従来の「同様」あるいは「否定的」な斜の構えではなく,社会の中で,教育的価値観・方向性を共有し,可能な実践へと熱く静かに速やかにシフトしていくことかな。まさに,下記のポイントにある,「理念の共有」が重点だって思う。

世論紛いのマスコミ的書評に惑わされている場合ではない。核心的教育の方向を,じっくり世論に息づかせるために,刷新を図る脳みそにならなくてはなるまい。
学習指導要領改訂のポイント
●改正教育基本法などを踏まえた改訂
●「生きる力」という理念の共有
●基礎的基本的な知識技能の取得
・社会的自立の観点から必要なもの
・学年間で反復することが効果的なもの
・「読み書きそろばん」等の基礎的・基本的な知識・技能の徹底習得
・「重点的指導事例」の文科省による提示
●思考力・判断力・表現力
・観察実験のレポートの作成,論述などの知識・技能を活用する学習活動
・言語の能力の育成(国語科の充実)
●学習意欲の向上・学習習慣の確立
・つまずき安い内容等,基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着
・体験的な学習・キャリア教育などから,学ぶ意義の認識

学習指導要領改訂には,Key Competencies(キーコンピテンシー)など,いくつかのキーワードも含め,「ヴィスタ2」にエントリしたいと思ってるけどね。

■で,それでも環境学習
「社会の変化への対応の観点から,教科を横断して改善すべき事項」・・「情報教育・ものづくり・キャリア教育等・・」らの例示と共に,第2項目に環境教育が挙げられていた。
そう,GLOBEの地球規模の観測プログラムに参加したり,ずっと静かに実践を重ねてきた「環境学習」。本校の今まで追い求めてきた指針はぶれない。ぶれてはいけない・・と,そう思ったんだけどね。

■欠片紹介(笑)
今までのちょっとした*環境学習のまとめ
*少々古いファイルですが・・

※まとめのスライド
※環境サミットスライド
※パワポをHTMLにしたファイル。フルスクリーンで,スライドショーがプレゼンに近く再生できるけど,かなり重たいです。画像も重たいです((--)) ドーモ、スイマセン
posted by とし at 13:35| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2007年11月03日

■…教育力を問う

中教審中間まとめ。職業柄どうしても言及したくなる。脈絡も,整合性もない私感。何度も同じ繰り返しのエントリー内容かもしれないけど(笑)

多分に,随分以前から「生きる力」「問題解決力」を問う,教育現場でのシステムやカリキュラムは形骸化していたのだろう。その「生きる力」の実践力を養うべく投入されたはずの「総合的な学習の時間」(=以下「総合学習」)は,我々現場の教員達は当初より狼狽を伴ったスタートだった。実践的具体化を欠く基盤の上には,城は建たない。どんなシステムに移行しようと,内容は伴ってこないはずだ。

そもそも,教科を横断する「クロスカリキュラム」とは,意を異にする「総合学習」である。今回の総合学習の削減分が,今度は「横断的」に教科を跨いだ形の時間に移行されるらしい。「環境学習」当然,社会科的視点からの追究と,自然科学的視点からのそれでは,切り口が異なっていく。再度,教科での発展としていた以前の形に戻るのだろうか・・。

「知識注入」への異論を唱える方もいるが,大切な学力の一つ。「学校」そもそもの目的は,心づくりのお友達集団を機能させることではない。純粋な「学び」を主眼とした教育機関であったはずだ。寺子屋的「読み・書き・そろばん」,文化の伝承。その中で当然,人としての繋がり・社会的関わりを体得していくのが筋だと思っている。道徳教育・倫理を目的にしなくてはならない社会になってしまっていること自体,憂えるべきことなのかもしれない。

豊かになるにしたがって,ギクシャクと,そして殺伐としていく社会背景を見事に投影しているに違いない。子ども達が,「学力」を育む地盤を支えうる,年相応の道徳力・社会性を持たずに入学してくるため,家庭や地域社会で培われるべき教育が,学校現場に持ち込まれる比率が高くなってきているのだろう。

もちろん「知識理解」自体を目的活動に。。などという,知識獲得自体を旨とし,知識量及び理解力のみの競争を「学び」と置き換えることも当然愚。しかも,こうした倫理的に脆弱な社会情勢になってしまった以上,学校という機関は,以前「寺子屋」と質を同じくする所に留まれるわけもない。粋な人情の中,純粋な教育目的をもち,リテラシーを求めていた。

自動車免許を獲得したいなら,教習所へ通い,必死にドライブテクニックや,交通法規を身につけようとする。そこに,いじめや不登校の罪意識はない。ライセンスの水準に届くそれぞれが獲得できないなら,自動車を運転する資格を手にすることができない。そんなシンプルさが基本かな。

コミュニケーション力がキーワードとなっている。人と人との繋がりが,粒々にデジタル化してきているのかも(笑)日本。平和ぼけしていく中,生きていく自己の方向性自体を見失っている人間があふれている。学びの目的も何もかも,蜃気楼状態。いや,蜃気楼さえ見えてない人もいるかもしれない。なんとなく,教育権に乗っかって,なんとなくそれなりの学校を卒業して。

「学び」の目的が明確でないから,教育機関に身を置く意義も見いだせず,様々な問題が渦巻く。その渦中にいたのが我が長男と次男だ(笑)二人ともまるっきり違う進路を選択し,それぞれの資格に向かって学びはじめている。受験の偏差値の渦の中,大学進学を決めた長男は,純粋に学問を楽しんでいる。親も目を見張る彼なりのその道へのこだわりだ。逆に進学校に身を置いていた次男,偏差値や知識量の競争に空虚さを感じ,社会的地位やレッテル自体自ら全部剥ぎ取り,学校自体選択し直した。ある夢に向かって意欲的に資格取得に努めている。世間体を一番気にしていた我々「親」が脱帽である。一番の支持者は兄だったのだから。そんな兄弟,本当に仲がいい。互いを尊重している。

いい加減な私見,憶測に過ぎないtoshi統計学からの警鐘(笑)
爛熟社会の中で,今日的にグローバルに「地球温暖化」ストップザ温暖化,CO2はじめ,温室効果ガス「マイナス6%」が次第に声を大にして叫ばれている。
このことは,経済成長とともに「道徳教育」への焦点化が強くなってきている傾向と相通じている。もしかすると,この飽和的幸福感の中,ごく自然にあるべき「道徳教育」が,ごく自然に存在すべき「温室効果ガス」比率の崩落といつに,「地球温暖化」と同様の温度上昇ラインを辿っているんじゃないだろうかと。そんな相関関係?(笑)

衣食住,最低限度の生活を享受できる権利が保障されているその「幸」を自覚することもなく,過度にもっともっとと,己の利潤拡大に躍起となり,両手を差し出すことに何のためらいもなくなっている。

便利になればなるほど,崩壊していく社会的何か。もしかしたら,政治不安・社会不安の横行する,窮地に立つ国家の教育の方が,危機的政情の中で浸透率は高いのかもしれない。(軍事色が強くなっていったり,性急すぎる思想的暴走をしたり等,弊害を伴ってしまってはならないけど。)

個人的ネットツールの氾濫。例え正当な反論であっても,他人への暴言をもものともせず,いつの間にか,相手の人権を貶める自己の言動にさえ無頓着になっている。聞くに堪えない誤謬を伴う語句連なり・・「手前・きさま・死ね・馬鹿ヤロー・・」対象を誹謗するエントリーや書き込み。大人・親たちのネット社会での醜い幻影は,そのまま子ども達の社会へと反映している。自己を正当化しながら,己ばかり豪語する方達が溢れている。それをものともしない,支持層(反論者もある意味同列)がいることも嘆かわしい。はけ口をどこへ求めているのか・・哀しい次第。。

・・幾たびかの教育改革で,子ども達を最良の学びに導こうとして,必死になってきたのは,私たち教員。そして,その子ども達が今,「社会人」となり「親」となって子どもを学校に送り,教育を語っている。その循環を目の当たりにし,オロオロしているのは一教員である私か(笑)

・・参照・・
posted by とし at 08:07| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

■言語力

初回のエントリから少しばかり間があいて,間延びした感がある・・・旬を逃したみたいな(笑)でも,いっか。。

■教育界の動向・憂宣言
 内閣や角界の動乱,そして国内ばかりかアジアでの内乱・・ニュースを視聴する限り,世の中の動きはちっとも留まってはくれない。重要課題や問題があちこちに散在&山積している。国内外の体制に関わる大きな話題については,言及できる器を持ち合わせてないので,すこしだけ教育界のこと。
 教育界での動向が少しずつ示されつつある。内閣が総辞職しようと,郵便局が民営化されようと,文部科学省の打ち出したアウトライン,概略はそうは変わらないだろう。ぶら下がり機関の「教育再生会議」がどんなポジションにあろうと,ソニーかぶれも手伝って,私はやはり中教審・臨教審のスタンダード支持者だ(笑)

 高校での英語カリキュラムの話題
中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の外国語専門部会は27日、高校英語で「話す」「書く」能力を重点的に育成するため、現行科目をすべて統合し「コミュニケーション英語(仮称)」を新設する方針
もさながら,少しばかり前朝1のニュースで「ゆとり教育の見直し及び,総合的な学習の時間削減」が取り上げられていた。
小学校、主要教科授業1割増 中教審部会大筋合意 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の小学校部会は30日、小学校の授業時間について、国語や算数などの主要教科と体育の時間を全体として10%増やすことで大筋合意した。
今更ここで言及するエネルギーもない。日本の教育の骨っぽさ,気骨ある取り組みは何処へ。

「総合」減らし「英語」
環境学習は『時代の寵児』から今や『無用の長物』・・・時代の長物?ってこと(笑)環境学習については「ESD」というキャンペーンがらみのイデオロギー。後述する(日を変えて)日置先生の講評で開眼した。…教科の枠取りは真に難しい。…こうなるだろう伏線は既に張ってあったも同然だった。そのことに,教員は気付いていたはず,当初より(笑)違うかな。

■言語力
SSTAでの東日本研究大会では,討論・討議の熱くも爽やかな3日3晩(8/17〜8/19)が過ごせた。そのおり,日置先生,露木先生の両講師の導きは多大だった。が,実は文科省調査官たる日置先生は,当初,3日間の研修全て参加できるかどうか未定だった。だって,こんな渦中ですものね。指導要領改訂,中教審への関与など体がいくつあっても足りない状態で,研修会講師をお引き受け頂いたのだ。頭が下がる。

8/19日の指導講評において,8/17の読売の紙面から,ご自身の関わる分野についてホットに情報提供してくださった。
「言語力」全教科で育成…中教審方針
 今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する『言語力』を全教科で育成していく方針を固めた。
とくに国際学習到達度調査(PISA)での文章表現力や思考力を測る「読解力」の順位が8位から14位に下落,の部分が『言語力』育成に至った経緯であることは明白。今までの「対処療法」からの脱却は,『言語力』を通した一貫性を持たせる点にあった。
「ゆとり教育」からの脱却を明確に示すことにした。さらに、「言葉は学力向上のために欠かせない手段」と位置づけ、小学校の低学年から、国語だけでなくすべての教育活動を通じて言語力を育成する必要
である。改訂の目玉の『言語力』は首尾一貫している。。うーむである。いろんな意味でね。

「英語」に関する件についても事の発端は『言語力』。SSTA研修員もこの『言語力』を,カリキュラム及び授業構想にどう反映させるか・・・まさに,新指導要領の口火を切るべく,最前線切り込み隊長のごとく話し合っていたし(笑)

※理科における言語力育成こちらは角屋重樹先生の資料。同じくSSTA九州ブロック大会(7/27〜7/29)の講師をつとめてらっしゃった,理科教育の大家である。
主題:「実生活との関連を深める」理科学習
新学習指導要領で重視される内容と、その指導方法の改善
講師: 角屋重樹先生(広島大学大学院教授 )
多分に新しい動向を受けた指導法を研究されたに違いない。

■ちょっと心配
それは評価についてである。言語力にスポットを当てた流れになる・・ってことは,当然評価自体もそちらにスライドするということだ。私が教員になってこの方,関心・意欲・態度という情意面が評価の観点に付加された。しかも高いウエイトで。当時一世を風靡した梶田先生の評価だ。SP表から始まって,観点の分析に雁字搦めになっていた初々しい(って自分で言うかな(笑))初任の私だった。

そして今回,また大きな改革の波が評価にもやってきそうである。・・複雑にならないといいな。そして,なにより職員にしっかりした研修期間および機関を与えて頂きたい。加速された前倒しによる改革が,また失敗にならぬようにね。<ご参考までに>
posted by とし at 22:28| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

■学力考:自浄作用へ

  勤務校には「基礎・基本の時間」という,学校裁量のぶら下がりの時間がある(毎週水曜日6校時)。内容はその名前の通りである(笑)まさに表面的にも国語的語彙力・数理的処理能力などの,基礎基本のスキルを醸成しようという時間である。授業中十分に練り上げることのできなかった「3R's」を,約40分間程度の間に必死にドリル・スキル学習を鍛え上げる「根性の時間」である(笑)…でもね,担任のほか,専科の職員が各学級に入って,懇切丁寧に個に対応できる「優しさの時間」でもあるのよ。その日は昼休み清掃も省き,低学年にも無理のない時間帯を捻出している。校務分掌上,少人数加配TTの教員が充てられ,基礎基本担当としてその中心を担っている。

  学校課題では,ずっと環境学習を核に取り組んできた。学校プランとして低学年から年間計画が組み立てられ,学校の特色・・と問われれば,「環境学習推進校・・」と回答するかな。2年間の文科省指定「GLOBE(環境のための地球学習観測プログラム)」も本年度で最終年度を終えるが,何らかの形で,観測ほかの体制は維持していく方向をとっていくだろう。私は学習指導・研究推進の係の立場にあるため,T.Tさんとともに,本校の基礎基本と,生きる力の礎(いしずえ)ともなる問題解決力を,双方からアップしようと努めている。

  基礎基本,そして環境学習。読み書きそろばん的な「基礎基本的スキル」と,問題解決的自主課題追究の「総合的な学習の時間」。相反するもののように思われるかもしれない。後半の「総合的な学習の時間」の方は,まさに学力低下の天敵として,今ややり玉に挙げられている渦中の学習でもあるし(笑)「英語科」なんて教科的なものに置き換えられつつある昨今でもあるし。
本来,基礎基本の学力といえば,その両方を総括したものでなくてはならない。百マス計算や公文式といった機械的に近い処理スキルは当然なものとして,コミュニケーション力やその基をなす自己表現力など,基礎基本として列挙できるものは,両手でも足りない〜♪である。
(力・・と言っていいかどうかの見解はちょっとおいておく)

  乖離。日本で「総合的な学習の時間」が,先細りはじめているのは,イベント学習や実践のみありきの,這い回る学習に陥っているところもあるからだろう。基礎基本の学力についての世論が,スキルに傾いた側面,あるいは知識理解面の量的測定値ばかりを重んじ,短絡的に「学力低下」と帰結しているところにも問題があると思うけど。
「基礎基本」同様「学力」論争にも余念がないマスコミ諸兄であるが,低下してきている「学力」とはどの側面を指しているものだろう。記憶した漢字の数,手順を覚えた計算処理パターン量・・筆記試験で目に見える評価のできる部分である。理科でも,パフォーマンステストほかを駆使して,実験処理能力,観察力,科学的思考力・・を測ろうと必死だが,さて,どの程度その学力のカテゴリーを浮き彫りにできているものだろう。

  そもそも,'04年に発表されたOECD(経済協力開発機構)の,生徒の学習到達度調査(PISA:ピザ)の結果を受けてが,ことの発端だろうが,その上位を占めているフィンランドの教育事情を。「基礎基盤社会」をビジョンに掲げていた90年代後半国語力の低下が問題だったという。'01〜'04にかけて,学校教育における読み書き能力の向上を目指した「LUKUSuomiプロジェクト」が実行されたと。国語だけではなく,すべての教科を対象に「読解力,特に演繹的批判的読解力の改善」「様々なジャンルの文章を書くこと,すべての教科において書くことを通じて学ぶ」「学校図書館の改善」など7つに及ぶ主要プログラムを構成したとか・・・。しかも,教科を固定しない「プロジェクト学習」が広まり,教科を横断する「LUKUSuomiプロジェクト」と相まって,紙メディアからネットなど,あらゆる文字資料を活用した「プロジェクト学習」が全教科で展開されたという。
どうも,日本の総合的な学習の時間に酷似している。(っていうか日本が真似しちゃったのだろうけど(笑))決定的な違っちゃう点があると思う。

 全くの私見を語らせていただけば,フィンランドの国民性にマッチした教育改革だったのでは・・・という点がひとつ。そして,教科は横断したにしろ「プロジェクト学習」という学習過程論に固定し,改革の方向性が可視化され具体化しやすかった点。(日本は幅を広げすぎ,培うべき学力の焦点が明らかにぶれていた。)さらに,教員の質的向上ほか,地道な教育環境ベースからの改革に終始されていたんじゃないかという点,3点ほどかな・・・。

  真似は得意の我が風土である。しかも,輸入文化を,咀嚼・反芻し,自国化を器用にやってのけてきたはずだったのに。こと,教育に関しては先を急ぎすぎ,結果を数値化しようとしたあまり,その表面的改革の反動が,将来を担うべき子どもたちに反映してしまったのではないか。。。と,哀しく思う。哀愁。。
  教員評価に関しても,多分に異国文化の輸入に頼っている(笑)。が,教員たちの疲弊ばかりが募れば,子どもたちへの,たくさんのあたたかな伝えるべき人間性の本質や,「こころ」なんて伝えるすべさえ忘却の彼方になりそうだ。
  本来,評価をされることの苦手な教員たち。自浄作用をしっかりもち,客観的な輸入物の数値などに,雁字搦めにならないようにしたいものである。

・・・以上,環境学習担当よりのモノローグでした(笑)
posted by とし at 00:40| ☔| Comment(3) | TrackBack(1) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

■海へ行くよ

 やっと自分自身の中で,いろんなものが整理された。
え?ひと言でいってる『いろいろ』って何?って。
…そうね,子供らが作文の中でよく使う「『いろいろ』楽しかったです」と同じになっちゃうね。・・あのね,その『いろいろ』って部分が核心なのよ。ちゃーんと具体的に述べないとね。

 『いろいろ』って・・私自身,長く根底に悶々として引きずっていた,ネットの暗部へのこだわりと,同質の己へのいやな部分が直視できたことかな。ちょっとしたはったりもあるし,回線整理みたいなものもある。重圧になっていた行き先の知れないハブを取り去った感じ(笑)。そして,家族の中での話し合い。対主人,対舅・姑,対長男,対次男…やっとそれぞれを尊重できる回線整理もでき,そして本当の意味で新年が明けた。。

 少し前のエントリで,「PDS」サイクルなどと,横文字の古い言葉を持ち出した。(反省:横文字多用御免:私の仕事の文章「小田さんはODAかぃ?」なんて同居人の失笑を買ってしまう)そのプロセスを少しだけ言い換えたものが「PDCA」サイクル。Plan-Do-Check-Action--である。--計画立てて-やってみて-自己評価して-さらに新たなアクションを踏み出す--ってことだ。多分に理科や総合的な学習の時間ほか,学習過程に大切なことだけれど,無意識に自分の生き方の中にも,似たようなサイクルを持ち込んでいるのかもしれない。もちろん,常時客観的に自分と対峙することなんかできないけれど,意識してその「まんまの自分」を洗い出すことは,時に自己改革と等価で大切なんだろうな。見いだしたい結晶が泥に埋もれてたら,水を加えてくるくる攪拌し,上澄みを流すことを何度も繰り返す。すると最後に取り出したい結晶が残るでしょう。そんな感じ。・・って,これって地質を調べていく,わんがけ方みたいじゃない(笑)

 当然,各分野においての,使える人間,使えない人間はいる。人のもつ能力はそれぞれだから。日本の学制では今のところ,各個人,中学校から高校・大学・専門学校etc・・と進路をとる中で,自己の適性を見定め,選択していくことになる。学習権があることだけでも幸せなことだね。学ぶ機会均等を頂けているのだから。

 自分の適性が判断できた時点で,「最良の学習環境へ進もうとする」のは自然な選択。質の高い進学先,就職先を目指すのは当然なことだ。よく,学歴や進学先で一流だ何流だを口にし「全く東大出たって使い物にならない」などという学歴過剰優先意識の方にお目にかかる。しかし,たまたま対象人材が東大という学歴を取得していたからにすぎない。高学歴そのものを,職種の適性ににすっぽり当てはまるかどうかを論ずること自体,論い方が違うと思う。私も,そこいら辺の教育学部出身だし,科学に関しては全く浅はかな理科担当。それでも,懸命に自分のお仕事に関しては,今更ながら研修しようという気持ちはある。でもそれ自体適性があるかどうか・・の評価にはならない。
 理科の教育団体の中で,すばらしい学歴をお持ちの方もいる。「研究職に就かれてもいいのに。最先端で日本の科学に貢献されてもいいのに・・もったいないな・・。」と思う。しかし,現役でずっと理科という教科に従事し,生徒とともに実験観察を一途に現場でごちゃごちゃ苦闘・苦悶しながら推進している。ある意味,その途も日本の科学を大切にされるひとつなのだと,ただ尊敬,敬服。なちゅらるずで,理科室をご紹介したK先生もそのお一人だ。つまり,その人間のキャパシティ(容量・人としての幅かな?)や,アイデンティティ(個性いや主体性かな・・少し広い意味の)がベースだ。使えるか使えないかを,職歴,学歴などのフィルターにかけることは,ステレオタイプの増産にしか繋がらないだろう。小田さんは,小田さんだから好きなんですもの。

 他人に対して,自分を省みることができない,などと断言する人ほど,自分が見えていないのではないかな。もう一度足元を見てみたらいかがだろう。って私か(笑)長男は大学に進学した。次男はこれからである。それぞれのキャラクタがあり,それぞれの適性に向かって最良の自分探しをしていってほしいな・・。

 さてさて,「海に行くよ」のタイトルはどーなってんのって言われそうである(笑)これから,担任する5年生たちは「海浜自然の家」での宿泊学習を控えている。海無し県の我が県,茨城の海に面した宿泊学習施設をもっている。しかし,県内の小学校が均等に,活動にタイムリーな季節を配置して頂けるとは限らない。私が5年生を担当して,こんなインフルエンザがはびこりそうな時期にして頂けるのもこれで3度目である(笑)・・・うーーーーん・・・
 それでも,やっぱり活動を計画し,海水からの塩作りやら,海浜ウォークラリーやら,子どもたちとこれからプランを練っていく段階になる。来週から「海の命」というテーマで総合学習が始動。愛らしいM女史とともに,プランを練っていきたい。「地球環境」を母胎・いや核とした本校の総合学習である。1学期は「大気&水質」,2学期は「食」,そして今回大海原,生命の起源「海」が相手である。わくわくするような,そんな活動を動機付けていきたいな。それぞれの個性に応じた学習プランニングを・・って思ってるんだよ。さ,海へ行こう!!
posted by とし at 09:55| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

■温泉へ

タイトルのごとく,温泉に行ってます。といってもyoungerですけれど。
新潟の方の,なかなか質のよい温泉のようです。大正時代,月岡地区では石油開発が積極的に行なわれ,その折温泉が湧出したとのこと。
【泉質】含食塩硫化水素泉
【効能】・リウマチ性疾患・慢性中毒症 (水銀、亜鉛、砒素など)
・糖尿病・皮膚掻痒症・慢性湿疹及び苔癬・脂漏性疾患(にきびなど)
・凍瘡(しもやけ)・慢性膿皮症・運動障害(とくに神経麻痺)
・月経異常 (無月経、過少月経)・不妊症 (排卵通過障害のないもの)
・高血圧症・動脈硬化症・末梢循環器障害

いーなぁ。なかなか悠長な一時をyoungerも送れそうです。…と,そうではないのです。本日から8/2にかけての六日間,温泉地にてお勉強の合宿。昨年度も,その合宿から帰ってきた途端,体調を崩してしまったのですが(笑)

younger,昨日,一昨日と二日間だけ休み。それまでは「前期講習」で土日も学校へ行っていました。私学の徹底した教育体制の表れです。長男は公立の高校で,のほほぉんと休みを過ごしていたような気がしますが,しかし,それではいけないと言うので,自分から塾を選んできてサマースクーリングに参加しました。

学ぶことは,楽しいことだよ。
いろいろ知りたいし,考えたいし。
そのために,学制があって,初等教育から高等教育・・・
様々な学びの機会を得ることができるのだもの。
せっかくです。その義務教育から進んでいって
その学ぶ機会を生かせるといい。そう思います。

長男は,「受験」をくぐり抜け,自分の志した道を歩みはじめ
充実した学生生活を送っているようです(多分)

さて,温泉地での約一週間,がんばってほしいです。
先生方,お世話になります・・・。
posted by とし at 08:25| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

■Organization

オルフェウス室内管弦楽団(Orpheus Chamber Orchestra)という有名な楽団があるが,今日はそのお話を。・・といっても趣味の「音」に関するエントリではない。

まずは,昨日の学習指導主任研修会での話題。本市の教育研究所長さん(某教育大教授と兼務)の講話から。・・・「学校課題」現場の教員の研修について,先にエントリしたが,方向性として2種類。
@教師それぞれの資質向上
・個々の技能・ノウハウの獲得に関する研修
・教師としてのあり方・生き方に繋がる資質向上の研修
 個人の資質向上
  安住しない・前ばかり見ない・結果の吟味,評価する姿勢
〔省察〕がキーワード・・確かに,子どもたちに「振り返り」の自己評価をする場を設けようとしているが,教師自身「忙」の一文字に流されているかもしれない。じっくりと振り返り,文章化し語り合い聴き合う・・大切なことだ。

A教員集団全体の同僚性の構築・向上の実現
ここで,タイトル「組織論」を強調されていた。そして・・・このオーケストラについて語られた。オルフェウス室内管弦楽団は,指揮者を置かずに一つ一つの作品ごとにリーダーを決め,メンバー全員が作品の解釈や演奏を徹底的に理解する“オルフェウス・プロセス”という独自の曲作りを行っている楽団である。作品の完成度は高く,洗練された演奏でよく知られている。その練習風景のDVDを拝聴した。メンバーが「個人指揮者の解釈」にそった曲作りをするのでなく,当に徹底的に個々人の曲理解をぶつけ合い,話し合い,認め合いながらの曲想づくりであった。他のオーケストラと異なる練習方法,オルフェウス・プロセスに着目した組織についての話。
【オルフェウス・プロセス】
・その仕事の担当者に権限を持たせる
・個人に責任を負わせる
・リーダーシップを固定化しない
・チームワークを均等化する
・コミュニケーションを重視する
・コンセンサスを形成する
・職務へのひたむきな献身さを尊重する
オーケストラで絶対的な権限を持つ指揮者を置かず,メンバーの互選で選ぶコア・グループが主導権を握り,営巣の方向性や,細部にわたり解釈や表現を決定する手法。
このプロセスが,企業経営者に注目されているという。しかし,企業よりもむしろ専門職集団としての「学校」の組織に当てはまるのではないか。
 音楽性の解釈や演奏は,1次元の尺度で測れるものではなく,テンポ・リズム・強弱,それをとっても相対する名演奏が存在する。『どちらが正しいか』の議論ではなく,それぞれの方向でのブラッシュアップを目指し,ひとりひとりの個性を理解し合い生かし合う・・・。そうすれば,しなやかで強靱な教師集団に変貌していけるのではないか。。。とのお話。

我々も,子どもたちによくグループ討議をさせる。バズセッションなどもその一つ。子どもたち,学級集団の成員ばかりではない。地域のGT(ゲストティーチャー)の協力も。授業参観等ではディベートに保護者の方を巻き込んだり,歴史の「語り部」になって頂いたり,子どもたち向けの問題を作って頂いたり・・。大切な我が子の出産を待つ,おなかの大きいお母さんに思いを語って頂いたり。全ての「人」の組織力を柔軟に機能させようと努めてきた。
でもね,ほんとう・・教員自体の研修会,質疑応答しなやかさが無い。子どもたちには働きかけるのにね。的を射られた感じ。先ずは校内の授業研究会を活性化させたいな。オルフェウス・・さらに演奏の聴き方が変わりそうである。

出張報告も兼ねて・・(笑)
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2006年05月13日

■ふぁくと・こんとろーる

関連エントリー早速。ファクター繋がりで・・有言実行!(笑)

過日,初等理科に関する雑誌に目を通していると,「理科嫌い(苦手)な教師のための(=理科を好きにする)校内研修」の関連に,タイトルの様な論説がなされていた。理科授業はなかなかめんどう・・確かにそこが原点。

「伝え合う,コミュニケーション」が前面に押し出されてきた昨今の教育事情である。「結果は出せるが成果が説明できない日本人」の一言にも妙に頷いてしまうし,「説明活動」(=「情報編集能力育成活動」と置換していた)の必要性が改めて問われるのも一理である。既有の一般的な理科教育論は,概ね「遊び」「自由試行」「問題発見」「仮説・実験・考察」「ものづくり」が一連スパイラルで単元が進行し,問題解決のメソッドとして位置付いている。
 極論,『子どもは遊んでいれば問題を発見し,空間と時間を保障さえすれば自力で解決していく,単に遊んでいるようにみえてその実そこに学びが・・』となる。ある意味,問題解決メソッドと学びが,自然に身に付いた段階でいえる究極の姿だろう。しかし,問題解決方法は獲得しているとしても,「知の獲得」は不確実のまま・・。という内容の投稿にも強く反応しうる私である。確かに,単元終了から到達度テストに至る過程が「ミッシング-リンク」になっている場合が多いと感じてしまう。
「問題解決方法」の獲得が先行し,思考や表現のベースとなる「知」の獲得にうまくウエイトを置くことができなかった理科学習の感は拭えないな・・。確かに今までだって勿論行われてきた「説明活動」に焦点を当てることで,知の獲得はスムーズになるかも知れない。

 さて,タイトルに戻ろう。「ファクト・コントロール」についてである。論説されたのは,前述の先生ではなくバックナンバーの論。。しかも,「子どもの学び」の言及ではない。「教師自身の学び」についてである。学校課題を推進して行くにあたり,まことしやかにテーマを据える。・・た,例えば本年度の,我がオフィスは「テーマ:いきいきと学び・・・・」「サブ:生きる力を志向した環境学習云々なんたらかんたら・・」に向かって職員が研究することになる。(私が設定したテーマ。あまりに稚拙・・恥ずかしくてきちんと提示できない(笑))伝える力なーーし。ってだめですね(笑)

簡単に言っちゃうと,教師自身子どもたちに求める資質や能力,「自ら課題を見つけ」「自ら考え」「主体的に判断」し,(学校)課題解決にあたろうとしているか??を問い直しているのだ。昔ながらの研究システム。理科学習の「科学的」に当てはめると
◆提案を授業の中で「子どもの姿」で示せるか【実証性】
◆実践の「成果と課題」を理解,共有できるか【客観性】
◆学んだことを毎日の授業に役立たせることができるか【再現性】
ってこと・・(⌒〜⌒)うーん成る程ね。
確かに,これらが具体化されれば,校内研究は「教育科学」として成立し,教育的財産が共有化されていくだろう。・・・勿論,理科に限らず,その教科を研究することを旨とできるだろう・・・。これが「ファクトコントロール」だという。うーん・・・しかも,多忙な現場に即して実現可能に焼き直してあって,ちょっとユニーク。「・質より量」(何度も再現されないとってことで)から始まって
・仮説はいらない ・細案はいらない ・事前研究会はいらない
・司会者はいらない ・研究集録はいらない ・・・
オットォ!(・o・ノ)ノ,こんな風にかいつまんでしまうと・・(・・。)ん?なんだって,こんなの研究にも立証にもならない,と思われるかも知れないが,無駄な「タテマエ研究」より,「量を蓄えるために,質の向上を図る」って事になってるかもしれない。
何も,「条件統一。制御すべき要因と制御しない要因の区別」を見極めるべきは子どもたちではなく,先ず教員自身なのかも知れない。・・・そう思った。そしてもちろん,伝える力をつけるべきも教員自身である。価値観を共有できる資質を身につけないとね。

■次回は「教育課程の問題点」について清水堯先生がわかりやすく発信されていた頁を,真面目に考えたいと思ってます。ウーン (Θ_Θ;)我ながらあっぱれである。(自画自賛(笑))
・・つーびーこんてぃにゅーー・・
posted by とし at 22:06| ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

■ナンセンス?

日本の義務教育。
幸せな制度に支えられ,学びに関しても幸せぼけになっている方達が多いのかも知れない。私もそうだった。与えられている・満たされている権利だからこそ,その知識獲得の仕方やその後の知識運用に無頓着になり過ぎていて,学校制度の本来を見失っているのでしょう。勉強或いは知識に命を通わせるかどうかなんて,自分の視点の持ち方に過ぎない。受験のための勉強と捉えるか,自分の夢に近づくための単なる基礎土台と考えるかで,知識やスキルや体験や…いろんなものに命が吹き込まれるでしょうに。

お箸の持ち方,礼儀作法,各スポーツのフォーメーションやルール。丸暗記や理屈抜きの体得。何のためかは小さい頃の自分では覚えてないし,いつの間にかお箸はもてるようになっていたし。何度も何度も,一生懸命かけ算九九を覚える2年生。何のためにとか嫌だから覚えなくたっていいやとか,そんなことではないでしょう。大人になると忘れているけれど,自転車乗りまでの膝小僧の擦過傷。あの痛みと同じでしょう。教育の本筋の真の興味関心なんて,きれい事じゃありませんよ(笑)

こんなことを書いてしまうと,お受験体制前面支持なんて思われてしまうかもしれませんけれど。勝ち抜くとか,篩い分け等,そんな視点しかもてないことに問題があると思います。一過性の受験をゴールに置くなんて,そんな狭い知見しか持たないから,受験勉強がふるい分けの知識に終わってしまうんです。(^ー^* )フフ♪,私息子の赤本:過去問を,とっても楽しく読めました。いろいろ忘れていた,知識の断片。なんかこう懐かしかったり,今受け持っている子どもたちの学びのエポックを感じたり・・
確かに,人生の一つの分岐点に立っているので,息子には「楽しんで」なんてとても言えなかったでしょうけれど,息子やその友達は,それらの知識獲得,浪人した1年間で増えた様々な知識量を,楽しみながら獲得してたみたいです。結果論かも知れません。受験の後,様々な思いを巡らせていた長男の後ろ姿から,ふと,そう感じたものですから。

瀬名さんの,尽きることのない貪欲とも思える向学心。
受験勉強と,その知識獲得を別のものだって捉えること自体,義務教育が整備されてしまい,円熟期,爛熟期と,退廃的ムードさえ漂う,今の日本の教育体制にドップリとつかってしまい,慢性の平和マンネリズムに陥っているのではないかと思います。単に,知識習得を合理的にするドリルテキストも百升計算も一つの方法論ですし,それのみで思考力など育たないし,そのスキル学習を外しても思考力など育たないと思います。

初等教育から中等教育への受験を乗り越える子どもたちも増えました。通史の年号暗記の合理性。時系列の配置の面白さには欠かせない。科学誌にも通じるし,嫌ではない。ホウコウオンチだろうと,地図を眺めるのも好き。言語学や古典も面白い。美術史や文学史,各芸術の後ろを流れる背景を知れば
さらに作品が濃厚となる。

瀬名文学作品を裏付ける科学と同価にあるとおもう・・
難しい数学や化学が,生きていくための何になるって言うのか・・・などと,自分は文系だから,理系だから・・などと境界線を設け,壁を作っているのかも知れない。
文系グループと信じる人は自然科学系を,理系グループと信じる人は言語や社会学やその他・・互いを「受験のためのふるい落とす知識」にしか捉えられず,哀しいね。可哀想なことだと思う。本当に溜息である。確かに日本の受験体制に勿論様々な課題はある。けれど,義務教育や高等教育など「本当に学びたいことではない」なんて思われている間は,ベーシックに真のジャンルを追究する学部は退廃し,表面上興味本位の学部ばかりが増えていくしかないでしょう。

「リテラシー」のごくシンプルな意味をもういちど噛みしめるべきかも知れません。文字が読める・・義務教育が受けられる・・
そのスタートで,親がどう子どもたちに,その意義を伝えるか。勿論教員もですが。どんな立場にいてもどんな向きをむいても,とらえ方の問題かなとそう思う。最近の受験は・受験なんて・・と表面的理想論を振りかざされ,非難ばかりにまわり,かといって具体的な方策を示せない方達もいらっしゃる。

原点の寺子屋みたいなものに,ふとノスタルジー。飽食はなにも食ばかりに言及すべきではなく,学びにあっても,一度飢餓的,危機的状況に立ち戻ることも必要なのかも知れません。

常に,いきいきとした,楽しい学びを追究するにあたって,動機付けや興味関心もさながら,どんなに小さい年頃でも,忍耐や切磋琢磨の必要性を感じてる私なものですから・・春のありがたさは,四季のある日本人が,冬の寒さを越えて知るのと似ているかも知れません。ま,根性論っていうのとも違うけどね。

さて,家庭訪問真っ最中です。毎年,一人一人の子どもたちの背景に,一軒一軒のおうちのかたの教育,育みに関する思い入れを垣間見,重く受けとめる時期です。
時代とともに,随分と「家庭」もかわってきている。
。。でもある意味,少しもかわらない。

・・あ,私もその母親っていう類です。
posted by とし at 21:56| ⛄| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

■辛口?

らっかさんだよ数日前,校内授業研究のラスト。同級生キャンディーズメンバーの一人1年担任の同僚が生活科で提案した。少々理科の系統の臭いがする単元計画である。過日の筑波大付属小での総合学習も薫る。(付属では生活科という教科枠はないらしい)。詳しくは「辛口V」を考えています。

どうしたらうまく動くのかな・・現在理科のカリキュラムを「小中一貫」の方向で見直しているのが本市であり,生活科を含め市の教科指導の集まりでも編纂仕始めているところである。生活科の教科書選定にあたり,本市は本年度からK林館のものになった。目から鱗である。どちらかというと低学年理科を彷彿とさせるカリキュラムが組める。・・原体験不足や,学習論にばかり流れて科学の系統を軽視してるんじゃないの〜の気持ちが拭えなかった理科教員からすると,嬉しいテキスト選定だったと諸手挙げやう。・・なるほど理科の教科書の選択を,同じくK林館とういう筋書きも頷けた。

「系統」を軽視しすぎたための論の欠如(根底に言葉有り)・・こんなこと「総合的な学習の時間」の内容が茫洋且つ具体性に欠けた曖昧スタートの時点から先は読めていた。本音を言えば,教員は初めからたじろいでいた(私は,か)。事務から人間性の指導まで一手に引き受け何でも屋さん。専門知識もない教員にとって命を削る作業であり(笑),カリキュラム研究からの自校化など,実質的に無体なことだ。

うーーん。どうせならもっと,国公立の教員養成機関の力を導入すべきだった。(しかも,受験をくぐってきた,「粒ぞろいの優秀な子どもたち付属集団」でのみ成立する,先ず研究ありきカリキュラムは×。カッコつけない素朴集団で成り立つカリキュラム研究である必要がある。)
・・逃げ口上に聞こえるが,日々の教育活動をしながら平行線で研究は,平教員には無理なところもが多い。専門性も増し,教科枠の明確になっていく上の学校に行くに従って,さらに「総合させる」等クロスカリキュラム的編纂は困難になるかも知れない。

「自分のところの良さをいっぱい盛り込めて,自由に編纂できるんですよ・・」
とは,柔軟性を感じさせ大変耳障りも良い。しかし,総合学習など,所詮他国の模倣。にもかかわらず一般教員への十分な研修をはじめとする浸透が図られぬまま,雛形となる具体的処方のベストモデルもなく,評価もなく…そして,前倒しで形骸化ばかりが進んでいってしまった。本校は環境学習,お隣は英語活動,そのお隣の学校は人権教育を見越し福祉。情報教育はツール。でもそのツールでどれ程スキルアップが見込めるかの研究をしているところもある。

もちろん,成果がないわけではない。・・・けれど,教員の投資した時間に見合うほどの効率的成果ではなかったと言うべき。「昔の問題解決学習も這い回る・・に終始する」・・ってやっぱだったなぁである(笑)結局は手当たり次第先進校のまねシフトを敷き,できるところから始めるに過ぎない。

良く引き合いに出された,フィンランドの教育の良質さ。総合的学習の群を抜いた成果を誇り,学力も調査上トップにランクする。これらは,教師母集団の水準の高さと少人数教育という点が語られるべきだ・・。と某必受信料放送の対談で文科さん始め,中教審に携わった方も述べていた。付け焼き刃の模倣じゃだめだってこと。その教育改革を抜本的に行うための,人的経済的研究体制の十分なバックアップがない限り,改訂はお題目に過ぎない。この点,日本の科学事情とほぼ同一の難点として指摘されちゃうかも知れない(笑)

何回にもわたる「生きる力」に代替する教育改訂キーワードが,うわべ表現の着替えで,根幹は変わりようもないってことが物語っている。・・・問題解決力や基礎基本の学力は,ず〜〜〜〜っと教育が求めてきたこと。・・なのに何回着替えても,明確な成果を得られぬまま,(表面的)「学力低下」という暗澹たるよどみ,暗礁に乗り上げてしまった。私達の学んだスプートニックショックから影響を受け,系統的な学習を重んじた,学習指導要領へのノスタルジーなんてのもあるかも知れないが。

金メダル獲得数が,日本の運動能力の質を語る全てではない・・
学力調査順位が,日本の基礎学力を示唆する全てではない・・
って,まるで極論メダルを獲得できないオリンピックとダブってくる体だ。
・・あ,いやね,勝利至上主義を語ってるわけではないけど。
・・あ,でもね「楽しく競技できましたぁ・・♪」(パフォーマンス付)
これって,極限のトレーニングをつんで国の代表となる立場として言える言葉か疑問(?×∞)楽しさ,興味・・・似ているが「ふぁん」と「いんたれすてぃんぐ」の相違。

「爆発した,光った!!すごい」の動きある実験をしたから科学が楽しい。なんて本物ではない。科学の粋を極めよ!!。粋(いき)に論証・立証を含め発見や再現性や・・知的な楽しみを知ってこそ科学じゃないの?本質を見極めてこそのスキルだし知識だし基礎運動能力や基礎学力だろうに。

いや,最終的に人材・人間づくりが本業の教育は,その「成果」が具体的に示されない限り職務怠慢となる。・・オリンピックのメダル獲得以上に窮地に追い込まれているはずだ。

(〃⌒ー⌒〃)ゞ   などと,
教員がのんのんと語っている場合ではないだろう!との叱責覚悟のエントリである(笑)
posted by とし at 19:12| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

■辛口?

2月17日,自分の実況モブログより(笑)
今,提案授業の検討会が一息ついたところだ。
一言『インタレスティング&エキサイティング。』
6年『物の溶け方』物質の質変化を,金属ではなく鉱物で追究したという教材面,問題解決学習の検証過程のための情報の扱い,主に二点の提案。かなり酷評・辛辣と思われる授業評が・・・。こちらは,後程主観・私見も交えた雑感と共に。
その「教材感・教材論」と「学習過程・学習論」との二面性を語る前提条件として,まず今回の中教審答申の「審議経過報告」を論ずることから始めなくてはと感じたからである。
『言葉の力』
買っちゃった本「ゆとり」から「言葉の力」へ。約10年ぶりに全面改訂される次期学習指導要領に、学校のすべての教育内容に必要な基本的な考え方として、「言葉の力」を据えることがわかった。中央教育審議会の部会で原案を示す。「言葉の力」は、確かな学力をつけるための基盤という位置づけ。学力低下を招いたと指摘を受けた現行指導要領の柱だった「ゆとり教育」は事実上転換されることになる。

で,私も「理科」や「カリキュラム」関連の書と共に,「国語」の筑波プランの書を求めた。私は,国語の授業を学級経営の核にしている。道徳とタイの価値があると思っているからだ。今回求めた書に関しては「言語生活の向上を目指した主体的な言語活動を通して,共生・共創する資質や能力」を目標としているのだが,「かかわり合うこと:コミュニケーション」についての言及の仕方や,その言語活動能力の分類が具体的であり,分析的である点,自分の今後の指導の指針に合致している点に価値を感じた。

ただ『言葉の力』のみ焦点が当てられていることへの危惧が指摘されるべきでもある。
次の指導要領では、言葉や体験などの学習や生活の基盤づくりを重視する「言葉の力」を、すべての教育活動の基本的な考え方にすると明記している。原案は「言葉は、確かな学力を形成するための基盤。他者を理解し、自分を表現し、社会と対話するための手段で、知的活動や感性・情緒の基盤となる」と説明している。▽数量的なデータを解釈してグラフ化したり、仮説を立てて実験・評価したりする(数学・理科)

ここって違うんだな・・と思っていたら・・・
指導要領は『言葉』と『体験』をキーワードと追加アップされていた。理科の調査官さんが,「『言葉』だけではない,『体験』の面も含めてです。」と豪語されてたが御意である。
理科に関する具体を,お夕飯の後語れれば,語ってるだろう・・・。あくまでも,語れればである(笑)
今はここでおしまいヽ(*^^*)ノ
posted by とし at 18:51| 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

■おのぼり

今日はお上りさんである。あ〜っ,さては再度親バカお上りだろうって?
 ちがうよ。時には真面目にお仕事お上りだってする(笑)
ふ〜ん,同系列企業買収のための内密データ収集って?
 ちがうよ。時事問題に流れそうな勢いだけど(笑) 同系列企業(国立事業団体)の後悔 航海公開研究会ってのに参加。ふらり文京区周辺を徘徊の予定である。
 一昨日は我がオフィスの説明責任も兼ね,事業公開及びクライアント総元締め・総株主も含めた懇談会がもたれ,ぐったり精も根も尽き果てた+Lhacaであった。
 で,昨日は倶楽部見学2回目で,3年生クライアント体験活動である。ガラス細工や,おいしいもの系,PVA樹脂系(スライム他)さいえんするーむのテナント片づけに,思いの外手こずってしまった。・・集団下校にもかかわらず,時間超過で同僚に多大な迷惑かけそうになった+Lhacaであった。ご,ごめんなさい。

電車の中で読んだ本 やさしくよめた・・さて,今日は『今こそ問題解決!---授業作りのポイントはここだ!---』という理科分科会の研修内容。お髭の調査官さんも参加される。授業公開の単元も,4年生の「もののあたたまり方」5年生の「おもりのふれかたとしょうとつ」6年の提案授業「水溶液の性質」・・(□。□-) フムフム,なかなか真正面からの問題提起を感じる内容である。
「色々緊迫しっぱなしだったでしょう。教科の研修で,少しゆったりされるといい。」上司からのあたたかい言葉もいただいた。。もちろん,しっかりレポートしてくるつもりである。でもね,ひとり,自分のために電車にごとごと揺られる時間,ささやかな至福。なんの本もってこうかな〜。

実は同日,近くの「鉄腕アトムの制作博士女子大付属企業」も公開研を行うのだが,何度か足を運んだ結果「ガマのアブラを想起する付属企業」の体系的公開研の方に魅力を感じたため,同じ茗荷谷でもこっちに行っちゃうことにした。がんばるぞ!・・・何をって,あ,もちろん,ちゃんと時間内に会場に行き着くことです(笑)電車の乗り継ぎを間違えないようにしよう〜っと。・・……(-。-) ボソッ
posted by とし at 01:37| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

■出張報告?

やっと,一段落。今日は市内の研究発表会(紙上発表或いは口頭発表)の日。小中高各校種からそれぞれの学校の特色をプレゼンする発表会だった。楽しい掛け合いプレゼンもあり,じーんと納得して聞き入ってきた。でも,もちろん真面目ですよ,真面目。うちのオフィスは口頭で発表した。本オフィスのBOSS(清楚で素敵な女性管理者さん)が会長さんを務めているため,ちょっぴり緊張なのである(だってBOSSに迷惑かけられないもの)。…あ,でもね,昨年理科でT.Tを組んだキュートなS嬢と共に,懐かしのチャーミングT.T復活だったので,少しは心が軽かったかな。

それまで,「ねむーれないよると,雪の日には〜♪」などと,10日に控えた研究会資料も含め,こうなったらとことんだ!状態。(あまりに,眠れなかったので,お医者様にも行ってきました(^^)。で,応援サポート体勢をしいてくれた同僚さんたちに感謝。ご心配かけました<(_ _)>)やっと本日安眠できるかなぁぁ。忙殺まではいかないけど,忙不眠状態だったのね。。。っていう話題も,少しだけ本日の出張報告に関連。

うちのオフィスは,学校課題をここ何年来環境学習で貫いているため,その実践をかいつまんで報告する手はず。危うく核となる実践スライドを1枚とばして編集するところだったが,S嬢のしっかりチェックでプレゼンに追加することできたし。・・そんな,しっかりさんの愛らしいS嬢にはPC操作をお願いして,おばさん+Lhacaは質疑応答に回った。ま,無難にこなせたかな。サポートS嬢に感謝。そう,彼女の笑顔の賜に違いない。落ち着いてできたよ。ありがとう。「そのうち温泉にでもいきましょう。先輩!」なんて,肩もみまでしてくれて。涙出そうです。肩こりぱりんぱりんになっちゃってるから。同僚に恵まれている幸せを,またまたじーーーん。見てる?ほんと,嬉しかったんだよ。幾たびも助けてもらったよね。(SONYの各研修においても<(_ _)>)

****
って,出張報告が感謝状になっちゃいましたね・・どうも。
一番,切実に感じた様々な点で「巧み&匠」だった発表は高校さんのものでした。私の直前の発表だったのに,夢中に聞き入っていましたから。本年度設立された単位制高校の先生方のナイスなカリキュラム構成と,緻密な生徒指導及びサポート体制に感激しておりました。微妙な母親の心境で共感しまくりです。
「フロンティア」全日制の高校から抜擢された先生方の,手探りでの新課程構成。様々な生育環境家庭環境を見越し,生徒一人一人への丁寧で並々ならぬ配慮,(表にも口にも出さないご苦労も伺えました)。頭が下がりました。新たな息吹をひしひしと受け取ることのできたプレゼン。嘆いていないところ,とてもかっこいい。自戒。少し休んだら,また私も切り替えます。。。そんなパワーをいただきました。
   校訓「出藍」・・推して知るべし。素敵です。発表された先生方も熱を感じました。
あたたかさと,そして情熱。高校生のわが子を思い出しながら拝聴させて頂きました。
今度,ご訪問しようと思っています。職業人としてと,もう一つ母親としてね。

ってことで,本日はちょっぴり疲労のため,感謝&感想のみで報告終了です。理科カリキュラムも明日早朝,まとめに取り掛からなくちゃ。で,主人の帰宅を待っているところですが,帰ってきて晩酌にお付き合いしたら,ねちゃおう。早く帰ってこないかな・・・
( - _ゞ ゴシゴシ (´0`)ゞファー
posted by とし at 22:10| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

■素材?(やっと本論?)

随分引っ張っちゃって。。ま,blogばかりにかかってるわけにもいかないのでね。本業のお仕事報告書やっと仕上がったの。その複線として語れる段取りと相成り候。

先日オフィスのрェrururu〜♪と鳴ってとりついで頂くと,市の小中連携カリキュラム研究班の,中学校のお仲間からの内容摺り合わせ事項確認だった。「どの段階まで,小中連携の項目を洗い出しますか?指導要領の段階?それとも本市が採用している教科書の教材まで言及する?項立てはどうします?」(・"・;) ウッ!そうだった,すっかり… 私1分野担当だったっけ。
ここの所,教育研究発表会向けの,自校の学校課題のまとめを起草するだけでてばっていて,そっちの集まりがあることをすっかり忘れていたのだ。しかも来週に(笑) 「ダラダラ・へろへろ・あほあほ」している自称「DHA脳みそ」だったので,冬休みから引っかってた,たったA4自由書式10枚程度の原稿も,息切れ・期限切れ状態でまとめた。オフィス管理者の方たちにも申し訳なかった・・。でも,じゃーーーん,復活。ひとつまとまったら,やっと整理できました。\(^-^)/バンザーイ …どうもお喋りが上滑り,滑舌になってるな,嬉しさのあまり。本題に切り込めって,いい加減。カリキュラム関係も関連してるしね(^^)

■理科授業の改善のための特選素材
□小学校編=発光ダイオード(LED:Light Emitting Diode)&二重層コンデンサ・発電機の利用について・・
発光ダイオード(LED)
低消費電力,長寿命。構造によれば単独の素子で複数の発色可能,機器動作モードにより小型化可能。まあ!な〜んといいこと尽くめで,生活の中には欠かせない素敵な素材でしょ?
なのに,小学校の教材では古(いにしえ)よりの「豆電球」仕様バージョンカリキュラムが,化石のようにまかり通っている。いや,再びまかり通るようになってきたと言うべきかな。
一時期10年くらい前になるだろうか,ひとつ前の指導要領改訂で物理電池の「光電池」が導入された時期に,「新素材」として脚光を浴び,発光素子だ・圧電素子だとなんやかや,授業研究に使われるようになっていた。クリーンエネルギーだエコだとエネルギーの観点からももてはやされていた。
 (でもね,教材化するのにダイオードのあの華奢な二本の細いおみ足が問題(笑) 大体腕白な中学年の教材なのだが,細い足を導線に繋ぐおり「ポキ」っと折っちゃったりして・・・「きゃぁ,やってくれちゃいましたね〜( ̄ー ̄;」状態だったから。そこの処は,ソケットタイプ仕様でカバーできるが(笑))

そればかりではなく,発光素子は短方向導通。カソードに対し,アノードに正電圧を加えた時に導通するっていう電気的特性を持っている。通常のシリコンダイオードとの比較では,順方向降下電圧が高くて,【*赤・橙・黄・緑…2.1V *赤以外…1.4V *白・青…3.5V】程度。逆方向耐電圧も高く5V,耐電流量,20〜50mA程度。これら優れた特性も,逆に単純な小学校の電気教材として扱うにあたって,十分吟味に値する特徴である。特に短方向導通。これを「吉」とするか否かは,指導者の学習過程の組み方い如何。この素材,導通性の検証の後,電流の方向性,或いは「電流」自体の概念化に効力を発揮するはずだもの。。。(って+Lhacaは思っている。そこの処,賛否両論に分かれるところでしょうね・・)

二重層コンデンサ
太陽光発電,風力発電などクリーンエネルギーは,そのままの状態では自然消滅である。エネルギー変換により,光・熱・動力など安定したエネルギー供給源とするためには,発電により得られたエネルギーを蓄電し,一定量を確保する必要がある。
その点,小学校の電気学習では「乾電池」「光電池」による『発電』の扱いのみであり,『蓄電』への思考の道は開かれていない。これだけ科学・カガクといっていながら,昔からのニュートン力学の域を出られない教育界(小学校)である。(けしてニュートン力学を否定する発言ではない)コンデンサなんていうのも,決して新しい電気教材ではないが(笑)

「つくりっぱなし」を問題にすべき。ここに共感するのである。つくり・蓄え・使用する。そこまで広げない限り,単なる発電の原理理解に終始するのみである。中学校での電気学習嫌いを増産するカリキュラムの歯止めは,いつになっても始まらない・・(って+Lhacaは思っている。・・以下同文(笑)・・本来水俣病をはじめとする「公害」などの「環境教育@社会問題」のおり,STS教育等叫ばれ,様々なカリキュラムが試行されてきた。確かに社会的必要性,必要感のない,綺麗な理論カガクではなく,生活に根ざした働く力のあるカガクは,大切なものだろう。現象として,十分に子どもたちを頷かせることのできる学習材の検討をしなくちゃね。でも理論の面も大切だけど。。カガクローマンであるから(^^)

この,小学校での「素材」がどう中学校に繋がっているかは,□中学校編・・「小学校の担う責任範囲」にて。でもって,また次回。いつになるかは,気まぐれにて不明。気張らずちょっとずつ書きます(笑)Bye ((ヾ( ^-^)ゞ ♪
posted by とし at 11:05| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年01月29日

■素材?(私の構図)

電気単元に関する学習素材の再考
やはり,現行の指導要領の電気学習で,同じような疑問を持たれている方がいるんですね。ある科学教育雑誌の投稿欄を見て・・ほぉ・・と共感してしまいました。blogなら即TB!「さんせいでーす。」と意思表明するところです(笑)
私も,小学校・中学校連携を見通した電気単元学習について,『科学的思考力を育むため・・』を前提とした教育課程,などと豪語するなら,現行の途切れ途切れに寸断されている単元構成をどうにかしなくちゃいけないだろうにと思っていた一人です。(。-_-。 )ノ。
+Lhaca個人のテーマ
「科学概念をつくる学びの連続性を大切にした授業・単元構成の拓き」
〜電流だけの小学校・中学校へのシフトをどうする?〜
・先行経験や原体験が十分ではない子どもたちを見据えたカリキュラムに向けて
・電気の電流・電圧・抵抗とエネルギー概念のスムーズな連続性に着目して
    ・・3学年での実践

問題点
■低学年理科がなくなった→生活科から接続は万全か
■「電流量」で現象を概念化するという基本→どこかで「抵抗・電圧」を意識させられないか
■3・4年生の回路の中で「2個以上の抵抗(豆電球等)直列・並列」を扱わないことへの疑問
「抵抗」→流れにくさ,流れやすさをどうするか
■3年生「磁界」を明確に認識させず「物質観(磁石につくものつかないもの)」に終始している点への疑問
■6年生「電流→磁界」しか扱わない 「電流→発熱」エネルギー概念,エネルギー変換の希薄さ
捉えやすい「発熱」がなくなった エネルギー概念のはぐくみはどうするか

■3・4・6各学年で「条件制御」5年生が電気単元を扱わない
・・低学年理科もなく,5年生での条件制御の視点からの扱いもない
・・6年生での磁界意識の希薄さ(3学年からの受け渡し)「電流」と「磁界」の課題の混乱
→3年4年から6年,さらに中学校への電気・磁気におけるシフトがうまくいかない。

素朴概念から科学概念の形成のために
科学概念づくりへのキーワード
 科学概念 基礎・基本 知の関連 再構成  問題解決 概念形成 コミュニケーション 情報編集力
○ 知を関連づける力
○ 理科に対する関心・意欲・態度および自然に対する感性
○ 理科の基本的な知識
○ 観察・実験・調査の方法や技能
○ 理科の学習の中ではたらく思考力

B物質とエネルギー  3年生における電気・磁気での実践にあたって 乾電池・豆電球の回路で,電気を通す「つなぎ方」や「通すもの」を調べるにあたって
 ■「回路」に対する「考えをもつ」見方考え方
  回路がつながれば(輪になれば)電気が通り豆電球が点灯する
  ・極以外につなぐ・回路の一部がきれる・・豆電球が点灯しない
   =つなぎ方による比較
 ■「物」に対する「考えをもつ」見方考え方
  回路を使っていろいろな物を入れ,豆電球が「点灯する」「しない」により 
  電気を通す通さない=物による比較
  =さらに導体の中での「通しにくさ」:抵抗の認識 磁気
 ■「どこまでを要因と考え,関係づけをさせるか。」
  学習のエリア・・・教員の範囲,子どもの領域カテゴリ
  明確に概念として定着させるものと,体験として次の段階のステップになるもの

 ▲各学年:単元における概念の要素の系統 発達段階と概念獲得をまとめる
 ▲学年間:スムーズで効率的な単元構成・・・学びの道筋の開拓
 ▲追跡:児童の実態=誤概念の変容(3・4・5・6年と中学2年)
     衝突説や消費説の行方
▲構築:理科学習だけのプロセスを追うのではなく,
   生活科や総合的な学習の時間との有機的な支え合いを拓く
新素材の見直し・・現在の科学への抵抗感排除のため

ってところが,一応私の電気単元への提案です。今回,下線部分の5年生の中に電気単元を!という点と,新素材を導入しよう!と言う2点が,投稿された先生にリンクしたい部分。さて,それでは何がどう有効なのか・・・ってところ,エントリを改めて述べちゃうとしましょう(^^)
posted by とし at 11:33| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

■素材?

新素材・・といってももう古い素材にはいるだろう(笑)

長男も「げんかつぎ」などと騒いでいる母を尻目に,的確に自分の途を見つめ,着々と歩みを進めている。あ,でもちゃんと呆れず怒らずお菓子は食べてくれたよ(^^)

さて,そろそろ通常お仕事モードに戻りたい今日この頃である。今まで,どうもエモーショナルな脳みそに偏っていたようで,今更ではあるが,やっと些事に関わっている場合ではないことに気づいた。覚醒(笑)
大切なものだけを見極めようとすればいい。難解かつアイロニーな話は暫しフィルタリングを決めた。自分自身が荒みそうだし,歪んでしまわないように。オーバーヒート回避,及び精神衛生上自己保護のため。だって,私の脳や心の単純構造上,意地悪に難しいことって,ストレスになってしまうもの。消化も昇華もできない。

基本的に搭載しているペンティアム自体の処理能力が低いので(笑)心の温度の低いもの,尖った鋭角格子の結晶状態なものとかね。前提として,問答の起因となる材料を抱えないことにした。疲れてる時って異様に一言の持つ意味がアンプリファイア,増幅されちゃうでしょう。
「それってどういう意味?」なんて聴く余力もなくなってしまうから。ここのところ,平和な日々が続いていてやっと心も落ち着いた。

サーモ調節が壊れてしまった脳みそをクールダウン。寒い冬なのに茶番なことだけど,なんとなく放電できたようだ。ずっと,自分の脳みそから消えかけていた,いや,敢えて自分から離して,抹消しかけた課題。自分の弱さに甘え,それ以上のカリキュラム追究が不能になっていたこと。時効になってしまっていた科学サークルでの追究課題。今から,もういちど再構成しようと,そんな気持ちになれた。

夏の頃から,ずっと凍てついたままだった。解凍・・+Lhaca。そう,今気づいたんだけど,私は,理科の教員だったってことかな(笑)そのうち,新素材についてまとめよう・・・。え?今日?時間がないので,宣言文でおしまい。ヾ(・・ )ォィォィなにが素材なんだろ(笑)

でもね,自分の心とあまりにシンクロしすぎてしまった,長い長いループから離れるってことも大切なのだと思った。こだわりをキャンセルするってことね。。自分だけ勝手に近くに感じていたけど,近すぎて何も見えなくなっていたから。
ふとそこにね,眺望が開けていくから・・・

さてと,先ずは自分自身の素材を吟味ってところかな。
う〜ん肩こりさんのひどい+Lhacaそざいでした(笑)
posted by とし at 07:32| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2005年09月02日

■どう解く道徳

■RPG
同居人Oが,夜中丑三つ時もとっくに過ぎてから話しかけてきた。
O:「もしもし姫,夜も深まって参りました。
  お忙しいところとは存じますが,僅かばかりお時間頂いて宜しいでしょうか。
  って,ちょっとだけだいじょーぶ?」
L:「( ‥) ン?なになに?殊勝な心がけ故,お目通りかなおうぞ(笑)
  って,いいよ。だいじょーぶ。。」
O:「ここのところの展開なんだけど・・
ロールプレイングでやってみたら効果的だろうか。
  道徳の授業。指導案作成中なんだが,どうだろう。」
L:「中学生でしょう,照れずにできるかな。
  それ以前に真面目にやるクラスなのかな?
  学級基盤はちゃんとしてるのかな。でなかったら無意味な寸劇に終わるよ。」
O:「おっと,初っぱなより厳しいつっこみ。
  己の亭主の学級経営を信じてないってわけか(笑)
  それ以前に,ほんとに考えようとしてくれてる?」
L:「え・・あ,う〜ん・・そうじゃないけど。うにょうにょ・・・(濁す)(笑)」
O:「とりあえず,導入か,主発問のところで共感させるために使いたいけど」
L:「ストーリーはどんななの?主価値はなに?」
O:「飲料水の自動販売機で
 『10円入れて,タイミングよくたたくと,ジュースが入手できる』という,
  そんないかさま行為を,友だちから勧められたときの我が身の振りようだ。」
L:「え?10円で買えちゃうんだったら,いいなぁ,私だったらやるな。きっと。
  ・・って,そうじゃなくてっと(笑)
  正義勇気っぽい価値?公正さ?自主自律的なもの?
  友だちのためっていう友情も絡むの?」
O:「ま,そんなところだ。とりあえず,友だちの誘惑に負けない。
  誘いに乗らない。ってところ」
L:「…一番の弱点部分だね。子どもたちも,大人も」

■焼きそば
学校の近くには,おいしい焼きそばやさんがある。昔ながらの駄菓子屋さん。子どもたちも10円単位で小さな菓子の買い物ができる。

こちら下野の国の焼きそばには,ジャガイモが入っている。また,ポテトフライ(フライドポテトではない)も芋串と呼び,ウスターソースの郷愁に満ちたあの,何ともいえない鄙びた味が人気。私も,イタリアン,スパニッシュ,おフランスなどの,品のよいグルメやさんも,気取り+Lhacaの時は行くのだが,何を隠そう(隠しません)焼きそば,たこ焼き等ソース味が大好きである。

そこの「おばちゃん」は,地元の児童指導をさり気なく粋にこなす。もしかすると,道徳的質的にみて,学校の教育力を遥かに凌いでいるかも知れない(本気)
小学校を卒業してから,髪の毛が金色に紅葉しても,ブンブンライダーになって,それなりの友だちとつるんできても,ここの「おばちゃん」には,必ず顔見せしてご挨拶し,駄菓子を買って,焼きそばを食べて去っていく。

先日のサマーキャンプの前日,夕方になってご近所巡りをした。夜中まで校庭で花火をしたり,体育館での怪談で盛り上がったり,ご近所に迷惑をかけるので,管理者とともに係が一軒一軒巡る。もちろん,この「おばちゃん」のお店にも・・・
お:おばちゃん  ら:らーちゃ
:「あら,先生,この間差し上げたメダカの稚魚,元気?」
:「元気ですぅ!ありがとうございました。」
:「うーんと,びおとーぷ??だっけ,そんなのにも入れるんだったら
 まだ生えてくるから,この間の入れ物もってきな。」
:「ありがとうございます。・・で,明日また花火なんかで
 校庭をにぎわしちゃうのですが・・ご迷惑かけますね。」
:「いいんだよ,子供等の声って,どんなに騒いでもうるさくなんかないから。」
:「先日も,色々とお世話になって・・」
:「あはは,一喝いれといたよ。僕ちゃん達に」
:「いたずらっ子,ごめんなさいでしたね。」
こんな調子である。店の名前も『なかよし』

:「そう,帰宅が遅くなりそうだから,焼きそばいただこうかな。
  4つ,うちの子どもたち,勿論私も,大好きで。。」
:「そっかい,じゃ,焼いとくよ」
:「じゃ,また何軒か回ったら来ますね。」
:「はいよ。」

・・・その後,天体望遠鏡や,体育館のテントや,諸々の準備。実は家族に具合の悪いものもいて,焦りながらの準備だった。(早くかえんなくちゃ・・)
・・・そしたら・・・焼きそばを受け取りに行くの,すっかり忘れてしまったのだ。
サマーキャンプに入ってしまって,家と学校を往復し,すっかり,ちゃちな私の記憶媒体の中心から角に・・ ・・なんてこと!思い出したのは
     ・・サマーキャンプの終了後だった。
血の気がひいた。「あ,おばちゃんのところにいかなくちゃ」

ふっとんでいって,
:「あ,あの,ごめんなさい,私。」
:「あ,先生,どうしたんだい。あの日は?」
:「本当に,失礼な事なのだけど,忘れちゃって。」
:「ずっと待ってたんだよ,7時半過ぎまで。
 でも,こないから,ちょうどきた2人のお客さんの土産に
 もたせちゃったよ。」
:「。。あ,あの,ごめんなさい。お金も・・」
:「心配してたんだよ。どうしたのかなと思って。
 でも,キャンプがあったからねぇ・・忙しそうだったし。」
:「そ,そんなこと言い訳になりません!御免ねおばちゃん。」
:「大丈夫,こうやって,ちゃんとあいさつにきたからね。
  でも,こんどから,忘れないでよ。先生。」
:「指導する立場なのに,ほんとに」
ほんとに,道徳教育を推進する立場であるにもかかわらず,約束を呆気なく破ってしまったのだ。。心が痛んだ。
  忙しいなんて言い訳になるもんか!!
で,おばちゃんちのアイスクリームをいっぱい買い込んで同僚にお裾分けした。。ちょっと苦いアイスクリームだった。

もう絶対,忘れないよ,おばちゃん。
RPG以上に,共感的理解。心に刻んだ+Lhacaでした。。。
posted by とし at 02:47| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

■ミス・コン…2

ここ数日,外面ばかりのエントリーが続き,
自分はこんなに忙しい,こんな研修を一生懸命やっている,
などと,愚痴とも嘆きとも取れる女々しさが漂っていた(笑)
ま,先ほどすべてを吹っ切ってしまって,自分的台風一過状態である。
この猛暑の中季節感も顧みず,清々しい秋空のごとく心機一転。
いくつか気になる話題を・・・

■□■

ピザの宅配】
何ともこんな記事を目の当たりにし,嘆かわしく思う。教員も「インスタント&ファースト&スナック」には気をつけよ・・との自戒を強いられているようだ。
どれくらいの教員が,総合的な学習の本質を理解しているかは定かではない,私自身「本質」などと問われたら,どれ程の事例,授業実践の具体を列挙し,総合的な学習の趣旨に迫る立証ができるであろう(笑)そこはそれ,棚上げ式に目をつぶって頂くとして…
外食や菓子メーカーが、子どもを対象にした食の教育(食育)の出前授業に相次いで乗り出している。授業を通じて「健康に悪いジャンクフード」というイメージを変えるのが狙い
企業の威信をかけた存命手段のひとつかも知れない,
あるいは教育現場への純粋な貢献なのかも知れない。
教員は,その駆け引きを適切に見抜きながら,
その事象自体,教材化できるかどうかを,
風刺的視点を宛てながら,懐疑的に採用すべきなのだろう。
総合学習のテーマ選びに悩む学校側が飛びついているが、専門家からは「内容が偏らないよう、教師がきちんと授業を取り仕切る必要がある」との指摘も出ている

テーマに悩んで,平易な教材を手当たり次第取り入れている・・と。
随分な曲解を受けてしまっているようだ。ちょっぴり心外。

現場が,その学校ごとに,どれだけの手間をかけて,カリキュラムを組んでいるか。。。
それが職業,プロである以上当然の「手間」であり,当然の「労作」であることくらいは自明。
    自負しているといった方がいいか・・
悩みながら試行錯誤しながら,時代の潮流に流されながら?も
現場はそれでも必死のつもりなのだから。
   「つもり」という表現も誤解を招いてしまうな・・

だからこそ,その「教材を取り入れた趣旨」説明責任を
自衛のためにも,教員自体がもつべきなのだろう。
    おっと,「本末転倒」の四文字。。とりあえず,自衛ではないな・・
「教材を取り入れた趣旨」≒目的なのだから,
むしろそのターゲットに向かって,どんな活動をして
子どもたちの育みを目論むか。。のための採用だ。
と自信をもって明らかにすればいいことだ。

・・・ただし,足元を見られてしまっているのでは?という危惧もある(笑)
「インスタント」に,GT(グレイトティーチャーではない,ゲストティーチャー)
を採用した授業を組めるから…と「3分間のラーメン授業」を構想しているお仲間もなきにしもあらずかも知れない。

例の学力調査に関わる「ピサの斜塔・ティムスへの警告」を以前もエントリーしたが,先頃の研修で,日置先生から『「ぴさ」ではない「ピザ」と音読する。』と伺った。やはり先生も「ピザの宅配」と洒落てらっしゃったが,「斜塔」は「宅配」になった(笑)
これらいくつかの国際調査とお国(自国日本)の学力調査結果から,また新たな上部でのカリキュラム構成がなされているという。
「インスタント」「ファーストフード」「スナック」
安易で,簡易で,それこそそこに場当たり的で,日和見的で,
なんて言う形容が付け加えられないことを心から願う。

「しゃぼん」のエントリーで扱った界面活性剤にしても同様である。
「環境学習」を進めて行くにあたり,「食の学習」と同様
カガク的立証に見まごう,企業存続ための言い訳。
本当は蓮の葉が池を覆っていくごとく,
気がついたら水面はすべてその支配下に・・・
の危機的状況下かも知れない。

企業にあっても,それ相応の機関にあっても,勿論教員自身も,誰だって「絶滅危惧種」として,レッドデーターブックにリストアップされたくはない(笑)
子どもたちのためだ・・・我が身かわいさのためではないだろう。
「厳しい現実を直視する」そんなことを,普段あっさりと言い放っているが
言葉面ではなく,心に杭を刺すべきだ・・私自身。

あれれ〜どこがミスコンセプションなんだろ??
これこそ,ミスえんとりー,あ,ちがった,ミセスえんとりー???
もうなんでもいいや(笑)
単に研修で聴いたつながりでした。
ペコリ(o_ _)o))
posted by とし at 03:39| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする

2005年05月13日

■that's all

Hello everybody!
hi +Lhaca!
Good morning.

さて,英語活動が本格的に教育課程に組み込まれた。今週は英語活動の週間であり,昨日も一昨日もALTさん(Assistant Language Teacher:外国語指導助手)との授業である。(余談:『alt』と小文字で書くと『alternate key』に見えるけど,大文字だとちゃんと『ALTさん』である点が不思議である。…この余談ひとつ加筆することで「ぱそ事情」にlogを綴る面目が立つというものである。。(笑))

少しだけ前のエントリー「オーガン」に昨年度の多彩すぎるALTさんへの嫉み(笑)を綴ったばかりだが,年度改め今度はハワイからいらっしゃった,バイオメディカルな電気工学を専攻する,これまたヤング(なんか死語めいている)な青年J先生である。う〜ん,4月より新規採用の青年と学年は組むし,24歳の爽やかなALTさんとの授業もできるし・・・なんとも両手に華のうきうきした滑り出しであり,それだけで大変充実した新学期である(笑)

Hi hello.good morning.
My name is J.L.
Nice to meet you.
What is your name?

My name is +Lhaca.
Nice to meet you,too.

・・であるばかりではなく,クライエントたちも結構生き生きと活動しているところが何ともいえない。楽しく良好なコミュニケーションすること自体,人として快い活動なのかも知れない。

実は「とし」のネットの友だちのpyonちゃんがこちらのご担当。数日前にもNHKで10分程度,東京都のA区英語活動と金沢市の小中一貫の英語科教育の比較対象的放映がなされた。。思わず,学習指導担当の私としては,大変真面目に受け止めビデオに録画,同僚の現職教育っていうものの一つに使わせていただくつもりである。う〜ん,自分を褒めてあげたい(あ,ちょっと,そこのせんせい,この下りで(爆!)なんて笑わないように!)

訳も分からぬまま,3年前の勤務校では英語特区の前倒しの活動を経験した私である。同様に近隣の英語のプロフェッショナルなお師匠,足利の特区の見事な取り組みを拝見し,その近くのこんな問題も,不謹慎ながら(笑)なんて拝見し。。現場にいながら,「特区」に指定されていない脳天気な私は,少なからずも衝撃を受けざるを得ない。

トップダウンを危惧し,文科省にち〜っちゃな声でもの申し奉らんとしていた私であったが,一転,http://www.eigokyoikunews.com/なんて言うサイトも覗くようになったし,今週は会話を英語で全うしようと必死な自分自身が面白可笑しくもある。

whose turn is it?...
aha it's your turn. n?
Oh time is up! that's all.
The game is over... who won?

あぁ。もう動き出したらそっちのペースに飲み込まれていくしかないのか(笑)
とりあえず,教員は「年間30時間」を子どもたちにとっての「有意義な時間」として提供しなくてはならない義務をもっているはずだし,そう・・子どもたちもどんな教育課程下(前倒しであろうと,トップダウンであろうと)その中で十分な学ぶ権利を持っているのだから。嘆くな嘆くな・・研修あるのみである。

でもね・・がんばるけど・・・・
でも,苦手なものは苦手・・・・(笑)

しかも,やっぱり説明責任もなく上からどーんと降りてきてしまうこんな施策に不合理を感じてしまう。
「ピサ」の斜塔のかげりに慌てて,カガク,科学っていってたり,「生きる力」と称し教科の枠組みをはずしちゃったりしておきながら,ちゃ〜んと「国際理解」の学習活動が今「英語科」になってしまうのだから。流行ばかりが先に立っているではないか・・・真に「不易」の部分を考えていかなくてはその時その時の目先の応急措置,対処療法にしかならないのでは? これって,環境問題の怖さとイコールだと思っている。思い描くのは,じわじわと浸食され蝕まれた地球上に,ぽつねんと立つ独りよがりに孤高意識をもった人類・・that's all・・・そんな像である。

あら,ちょっと厭世的なエンディングになっちゃったかしら(笑)
posted by とし at 03:12| ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする
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