2011年03月19日

■すすむ

こんにちは。皆様ご無事でしょうか・・・。
当方,少々の破損箇所が散見されるだけで,
通常の生活が可能な環境になってきました。

昨日,私の勤務校の卒業式でした。
3月11日の「東日本大震災」に見舞われた被災地の
心痛む映像が連日放映されているさなか,
今年受け持った6年生たちが,卒業式を挙行してもらえたこと
心から感謝するだけです。

11日の金曜日,授業中,突然の長い揺れの中
机の下におびえながらじっと息を凝らしていた子どもたち。
卒業式を控え,古い体育館での呼びかけや証書授与の練習の日々でした。
その体育館も天井が破損し,急遽会場を再検討することとなりました。
先週の火曜日に,比較的新しいオープンスペースのしきりを移動し
会場を再度作り直していきました。
小さな学校です。二教室分のスペースが有れば
どうにか会場として,皆さんをお迎えできます。

余震が続く中必死で働いてくれた,先生方と在校生に心から感謝。
紅白幕が張られ,寄せ書きや祝卒業の看板が配置され,
小さな演台とレクチャーテーブル,赤い絨毯,お花で飾られた椅子・・
着々と式場然としていくスペースに,ただじんとするだけでした。

「ありがとう」

・・・こんな風に卒業の準備をして頂けるみんなは本当に幸せ。
お父さん,お母さん,先生方,
お世話になった方たちへの感謝の気持ちとともに,
同じ日本の中の,同じ6年生たちの中には
とても辛い状況の中に置かれている仲間がいること
忘れないでいてほしいと,大きな心の枠の視野をもって,
「第100卒業式」を迎えてほしいと伝えました。

*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*

卒業学年担任であるのですが,一人の母でもあります。
震災の翌日12日,仙台の研究室にいた息子からの音信不安定。
大家さんのお宅への家電にて,アパートにも戻っていないとのこと。
やっと,公衆電話から長男の連絡があり,
ライフラインが全てストップとの言葉に,迎えに行くこと即決。
主人は,年老いた両親と,これからどうなるか分からない自宅。
もちろん,私一人で行くことに何のためらいもありませんでした。
東北線,新幹線も不通。東北自動車道も不通。
国道4号をひた走りして,仙台に向かうことにしました。
愛車ワゴンR君と共に,12日午後2時半頃出発しました。
渋滞,破損箇所工事による迂回。途中福島を通過し,
通過地点付近の被災状況の映像をナビのワンセグで確認しながら
とろとろ運転。自衛隊のジープや,四国からの献血車も走っていました。
結局15時間かけて,到着しました。
明け方4時の仙台はいつもの繁華街の明かりは立ち消え
ヘッドライトと所々の非常灯?・・そして凍えるような空気。
でも,長男に会えたことで,本当に安堵しました。
栃木で水や食料を有る程度買っていったので,
大家さんのお宅にも,お裾分けし,帰省する友達の分,
岩手に実家のある残らなくてはいけないお友だちの分を
それぞれ用意しておきました。

仮眠を取り翌日8時頃,
息子とともに東京方面のお友だち2人を乗っけて一路栃木方面に。
燃料が半分を切っていて,ガス欠寸前。
ガソリンスタンドもなかなか見つからない。
やっと見つけても,長い長い行列。
でも,入れないと帰れませんものね。
3人のスタッフが,いろいろ情報を得て画策し
うまく並べることになりました。
しかし,10L程度の給油なので徹底したエコ運転。
渋滞中はアイドリングストップでした。

宇都宮で,東北線が復帰しているとのこと,
午後10時頃の便に間に合うようがんばりました。
主人がガソリンを心配し,途中までお迎えに来てくれて,
長男たちを宇都宮方面に連れて行ってくれました。
私は,そのまま最短距離でぎりぎり帰宅しました。

今,なんだかんだ言って,家族全員がそろっている状態です。
こんな時に,こんな状況でもほっとしている私です。
長男は,就職活動の真っ最中で,
エントリーシート他面接の下準備で,夜中までPCに向かっています。
そういえば,国道4号の途中,息子と同世代とおぼしき就活ルックの子達が
「宇都宮」とのプレートをもってヒッチハイクをしていました。
ガス欠だったのでしょう・・乗っけてあげたかったけど,
ワゴンRくんでは,もうこれ以上乗せられません。
ごめんね・・そんな気持ちでいっぱいでした。

*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*:;;;:*


今回の震災で,様々な状況下にいらっしゃる方たちに,
それぞれの状況の中で,必死にがんばってらっしゃる方たちに
心から,エールを贈るのみです。

すすむ。いろいろな意味で,どうにかすすんで行けますように。

卒業生も,我が家の子どもたちも,お友だちも,
日本中の苦境にいらっしゃる方たちも

世界の方たちが,あたたかく日本の現状を見守って下さっていることに
こみ上げるものを覚えながら

すすむ。どうにか進んでいけますように。。。
posted by とし at 13:29| 栃木 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

■たいむかぷせる

今日は成人式がある。
7年前14年度に受け持った6年生たち。
1年ぽっきりの担任だったけれど,
みんなとっても素敵な子たちだった。
大好きだよ。今も。

彼らの思い出の詰まったタイムボックス。
本日開封。
成人式会場にもっていってあげよう。

長男の一つ下,
その前に担任した6年生たちのタイムボックス。
2年前に開封。
成人式の2次会会場にもっていった。
その場の空気が懐かしさであふれた。

そして,本日次男も成人式。

オメデトウ・・・みんな。
posted by とし at 08:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

■プロフェッショナル

真夜中の茂木先生の番組再放送,久しぶりに見入ってしまった。
光ファイバーの研究。ステキだ・・
■小池康博教授
■小池研究室

学生たちを育もうとする,厳しくそしてあたたかなまなざしも
鉄腕アトムを愛する科学者としてのまっすぐな歩みも
ジャズや即興ピアノを嗜む横顔も
すべてに 生き方がかおる

我が子も,途は異なるが研究室を目指している
ブラックボックスを避けずに
たとえ紆余曲折したとしても
突き詰める目線をもってほしいな。

おっと,お仕事続行しなくちゃ。
思わずみとれちゃった。
posted by とし at 02:16| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2008年07月25日

■命

胃痛ほか,体調不良のためちょっとばかりおやすみでした・・え?鬼の霍乱?(*'v'*)エヘヘま,そんなところ。

また,大きな地震があった。大きなマグニチュードに比し,震源が深かったためとのことで,現在人命を失ったとの知らせが無いことだけは幸いなことなのかも知れない。

長男も該当地区。地震当日,真夜中に向こうから電話があって
「すごかったけど,大丈夫だよ。」
とひとこと。ほっと胸をなで下ろす。目下試験の真っ最中で,図書室にこもって文献や数式と首っ引きの毎日。
「それと,8:00に起きてコールしてね。あと,進路についてもあとで相談するね。」
と結ぶ。
「むりしちゃだめだよ・・。」
「あ,ありがと。かあさんもね。じゃ,おやすみ。」

八王子で痛ましく哀しい事件が再び起こった。無差別に命を奪う。秋葉原での事件でも他人事ではなかったが,まっすぐに生きていた若い命,何の因果もなく絶たれた。あまりにも理不尽。

命を亡くしたお嬢さんは,まさに我が子と変わらぬ年頃。宇都宮,我が県庁所在地の出身。いくつかの生い立ちの情報が流れる度,胸が痛む。言葉にもならない・・。と今までならエントリにさえしなかったのだが。これら一連の出来事は,憤懣やるかたない感情の行き場を失った哀れな人間が起こしている。彼らと同じ世代の教育に携わってきたのは私たち教員だ。被害者の親とシンクロしながら,加害者の年代の教育に従事している人間として,学習指導要領が改訂される過渡期として,様々な思いが蠢く。コメンテーターや批評家にはなりたくはないが,きちんと「命」に対峙すべきだと感じた。当たり前か・・,そんなこと。

ただ,我が二人の息子たち,それぞれの生き方を選んだ。それぞれの進路をまっすぐ見つめている。そんな,若者たちの命が奪われるなんてことがないように・・。「生きていて。」そう,たったそれだけを,母としては懇願するだけだ。

そして,いつ挫折するとも限らない。何の保証もない。行き場を失ってしまったときに,きっと「人」としての生き様が露呈するはず。真価が問われるはず。「他人様に迷惑なんかかける生き方を選ばないで。」親子の問題にも抵触するけど,せめて「他人様には・・」と思うだけだ。こんなこといっちゃ何だけど,家族に非を向ける方がまだいい・・。

愚かにも,「生きてほしい」としか願えず,「他人様には」としか思えず,なんの客観的な解決方法を唱えることもできない。

生きているからこそ・・。それが,自然界に関わりながら,恩恵を受けながら生息する,ちっぽけな種の一つ「ヒト」のもつ価値なのだから。

本日,絶不調のため休暇。うーん,かかりつけのお医者様にこれから行ってこようと思います。そうそう,命は大切に・・(笑)
posted by とし at 14:20| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

■もうまったく(笑)

長男,やっと流れ流れて帰省してきた。一昨日は,東京の駒込,本郷あたりを親友と彷徨いていたらしい。昨日夕方近くにホームタウン駅について,親ばかの母は迎えに行ってきた(笑)
「どぉ?東京ってところは?」
「うーーん,渋谷ってところは,人ばっかり。僕には絶対馴染まない。」
そんな一言(笑)そうだね。君には,ゆるゆるした地方がお似合いだね。

でもって,その延長戦が昨夜。お医者を目指す親友君も近く町に帰省し,もう一人の西のキャンパスの同士を含めた3人がとちぎに集結。明け方までカラオケ&語り合い。朝帰りときたもんだ。学生貴族,いいご身分である。それぞれ,高校の理系仲間。もう一人横浜に住んでいる工学系の彼がそろえば,4人組がばっちり完璧。

さて長男,お昼近くになるが,ぱったりベッドになだれ込み,ぐっすり眠りこけている。母は,家族揃って,近くのハイキングに行きたかったのに,なんて不健康なゴールデンウィークなんだ!

「お父さんだって,中学校の大会がすんで,二連チャン飲み会でしょ。」:弟
「そうだそうだ!だから連休,ごみごみしたとこに繰り出すより
 家でのんびりの方がいい(笑)」:兄
「うう,痛いところは突かれたがその通り。」:父
まったく,兄弟の結束も堅いし,父・息子の妙な結束も堅い。ふーーん。いいもん。

春休み,いっぱいの課題を抱え,試験をにらみ帰省していた長男だが,ほとんどの専門の単位も自分で納得いく成績だったようで,今回はちょっとした専門書程度しか携帯してこなかった。
成績表に並ぶ科目。
基幹科目:「言語表現の世界」「法・政治と社会」「自然界の構造」
展開科目:「論理学」「心理学」「線形代数学」「物理学A・B」「化学A・B」「生命科学A・B」「自然科学総合実験」
共通科目:語学関係・7科目 「スポーツ」「体と健康」
専門科目:「薬学概論1・2」「物理化学1・2」「生化学1〜4」「分析化学1・2」「機能形態学1・2」「有機化学1〜5」「薬理学1〜3」「薬剤学1・2」「構造薬学実習」「創薬化学実習」「分子構造解析学」「放射化学」「薬物代謝学」「分子生物学」

うーーん,後期は全部で102単位取得。私が学生の頃,とにかくすれすれで単位を取ってた落第生。なのに,彼は主人に似たのか,本当にきまじめにびっくりする評価いただいている。。疲れないようにね・・。って,遊びもちゃーーんとやってるようだし,ま,いっか。
posted by とし at 11:46| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

■HAKUIst

 昨日,次男はお昼からアルバイト。彼には夢があるから。自分の店を経営するという夢だ。自動車免許も,単位制高校卒業とともにさっさと取得し,自分スタイルの生き方を目指し始めた。いきなりエレキギターの一式を購入してきたり,私にはよく理解できないジャンルの楽曲をDLして,がんがん聴いていたり。英会話も真剣にやろうかというところ。不思議なところに凝り性の次男だ。
 生まれてからこの方,ほんとに個性的な子だった。幼稚園でも,小学校でも。私も主人も,本当に戸惑うことばかりだった(笑)小学校高学年の時,学級の女子全体から,集中的に排斥され,夜中夢遊病のようにさまよったこともあった。どうも外見が太めで,遠視眼鏡もかけ,「うざい」対象だったようだ。外見へのコンプレックスは痛く彼の中に残ったようだ。
 高校,ある私立の特進コースに進んだが,部活禁止,朝から晩までの学習,徹夜に及ぶ課題。もともと不器用な彼は,みるみるうちにクラッシュ。部屋に閉じこもることが多くなった。いわゆる不登校。家出まがいのこともした。自殺まで考えていた。生気のない表情。担任の先生にも何度も相談した。コース変更や転学についてだった。
 「せっかくこのコースに学んでいるんです。進学十分考えられるはずです。情報工学を学びたいといっていて,数学などのセンスもよいですし。」と,1年の時の担任の先生。でも,彼はいっぱいいっぱいだった。・・2年次の担任の先生。私学のシステムを疑問視され,公立の小学校にトラバーユされた数学の先生。先生は,真剣に単位制高校への編入を考えてくださった。最後の最後まで。

 次男は,昨年度その編入を果たし,のびのびと自分の夢を語ってくれた。「本当は…理容や美容を真剣に学びたいんだ。」「はぁっ??」高校になって,スラッとしてきてバンド系風貌。自分の外見にこだわるようになった次男。その道を目指したいのだという。工学的にPCに向かう仕事ではなく。「外見だけ,かっこよさだけを見てるんじゃないの?」私は思わずいった。でも実は次男,主人と懇意にしている美容院のマスターさんに相談にいってた。生徒会長まで務めたマスターは,本当に豊かな人格者で,サラちゃんを愛するすてきなプロである。先日2年ぶりにロングヘアをザバッと切ってきたが,いろんな意味での切り替えがそこにあったから・・。次男も私も新たなスタート。

 アルバイトから帰って,ロット巻きの課題に延々取り組んでいた。連休の課題だそうだ。首上だけのウイッグ。ブロックに分け,ぴっちり適切な太さ長さのロット(カーラー)で巻いていく。「お母さん,見てくれる?」白衣を着た次男が,少しだけぎこちなくコームを使って巻き上げていく姿を見せてくれた。白衣が妙ににあってて,苦笑してしまった。私も長男も次男も「師」を志した。教師・薬剤師・理容師・・で,それぞれ白衣st(笑)。
posted by とし at 07:55| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

■とき

13日,二十歳を祝う会にこっそり行ってきた。偶然にも,私が小学校で見送った卒業学年を,主人が中学校の卒業学年で主任として関わったのだ。
ここ栃木では,毎年中学校ブロック単位で,中学校の担任を呼んで行うのだが,おまけサプライズとして,主人にくっついて(いや,送迎運転手としてだけど(笑))あるホテルのロビーに行って来た。

他の地区の同じような会も催されていて,ロビーは,セレモニーの晴れ着姿から,お色直しをした二十歳になり立ての若人らで溢れている。主人と,その同僚さんを私の愛車でお送りしたのだが,同僚さんは,もとウエイトリフティング,インターハイチャンピオンの身体の大きな方だったので,その後ろに隠れるみたいに,こそこそついて行った(笑)
「う,うぉぉぉ・・・,せ,先生じゃないですか?」
はじめに見つかっちゃったのは,ちっちゃくて悪戯ばっかりしてた男の子だ。
「おーーい,とし先生が来てる。」
・・・あ,あの,そんな大きな声出さなくっても,は,恥ずかしいし。
どっと,友達同士の会話の輪がこっちに押し寄せる(笑)
「来てくれたんですか?」
「かわんないじゃないですか。」
「やーーん,とし先生私のこと分かるぅ?」
・・お化粧ばっちりしてるけど,さっちゃんだよね。にっって笑った口元はそのまんまだから。(笑)
家を継ぐ子,経済を学び社会を変えようとしてる子,医者を目指す子,研究員を目指す子,教員(幼稚園から高校まで)を目指してる子。そして学校をやめて,自分の道を見つけてる子。

「先生,私も先生になるんですよ。中学校か高校だけど・・。」
「先生,理科研究,『アーチの秘密』覚えてるよ。なつかしいよ。」
「先生,俺,先生にキビシーク指導されたんで,心強くなった。はは・・。」
「先生,あたしなんか,隣のクラスなのにいっつも怒られてたよ。
 へへ,でもよかったよ。今の教育,厳しい先生は絶対に必要だよ。
 ね,いっしょにツーショット撮ろうよ!」
・・・うーん,厳しい所もしっかり覚えてくれているらしい。しかも,なんだかえらそーなことまで言っているし(笑)
「ふーぅぅん,先生達ラブラブなんだ。先生がちゃんと旦那さんのこと送ってあげるの?」
・・・くすくす,ら,ラブラブ?ま,まーね。君たちに冷やかされるとは思ってなかったけど(笑)
「先生,飛び入りで会に出てくれよ。」
「そうだよ。そうしようよ。」
・・・ふふ,だめだよ。だって,中学校の先生達との思い出の会だからね。一旦帰るから。。

主人から,終了の知らせ。また,同僚の方もご一緒にお送りするため,会場へ向かった。
「先生,花束だよ。」
いきなり,抱えきれないほどの花束をもらった。
「旦那さんとツーショットで記念写真撮ってあげるよ。そうはないでしょ。ツーショットなんて(笑)」
そうだね。君たちに撮ってもらって幸せだったよ。。

時が止まった。あの頃の,そのまんまの彼らがそこにいた。
だけど,6年生の頃の面影を留めながらも,
それぞれの生き方の顔になってた。
時は緩やかに静かに進み,
ふと,私が置き去りにされたようなそんな気がした。
彼らが私を追い抜いていく後ろ姿を見送った。
幸せな気持ちで。
posted by とし at 11:53| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

■ダイジョウブ

週のはじめ,あまりの胃痛に,かかりつけのお医者様に飛び込んだ。胃カメラを飲んだら,胃潰瘍が悪化。加えて,ふらりと貧血で倒れること2度。1度は放課後遅く校内でふらつき,危ないと思って自分で保健室のベッドに横になった。そんな長時間ではない。少し休めば復活できるが,同僚が心配して最終までつき合ってくれた。血液検査,血中のFe値が貯金も尽きている危機的状況,基準値49〜154MCG/DLのところ9しかないらしい。総じて「何故もっと早く来なかったのか」と主治医に厳酷なおしかりを受けた(笑)

不安な箇所は胃袋と血液だけではない。そっと胸に手を当てると小さな凝り。本日そのちいちゃな固まりを摘出。あくまでも,両性なものと判断された。まだ,麻酔が抜けきっていないので,微かにうずく位で,痛みはそれ程でもない。('-'*)フフ,下のエントリに記した「由々しき人物」とは,かかりつけの外科医さんである。

「ああ,やっぱりね。」・・と,いろんなことに直面しても,冷静に受け止めることができる。そう,私の身体の中には,「怪しい因子」が見事に受け継がれているんだということ。両親から,しっかとバトンタッチしてきた螺旋。主人にはじめて打ち明けた時,ある「なんとはなしの言葉」に,涙が出ちゃったけど(笑)

主人は本日が終業式。たいしたことない摘出だったので,「ダイジョウブ,ダイジョウブ(*^^*)」って,休暇を拒んだ。ほんとはね,主人にいて欲しかったんだけど。長男が,ひどく心配して「僕が病院に付き添ってやる。」といい張っていた。けど,「あのね,そんなたいしたことじゃないからダイジョウブ。心配しないでね。」と突っぱねた。来春1月に21歳になる長男が,とても頼もしく見えた一瞬。

深い所にまで達してたって,局部麻酔の範囲外も。でも,何のことはない。こうしてしっかり,現状復帰は速やか(笑)摘出後も,局部麻酔がかかったまま,自分で運転して帰って参りました。

肉親や知人,何人かの大切な人たちの命の終焉に立ち会ってきた。「死」や「生」に対して,あるいは「種」や「遺伝」に関して,今まで様々な感慨や感傷・・・「感」じてきた。支えとなる人の「死」を自分自身で受け入れられない時期もあった。自分自身も,死に対して大きな恐怖を持っていた。また,支えを「失う」ことが怖かったし,失ったら自分自身も崩れていく・・とそう思いこんでいた。でも,こうして自分が,歳を追う毎,「老い」や「衰え」や,目を背けることのできない「螺旋の条理」を,何故か素直に受け止めることができるようになった。自分独りで立っていることができず,頼り切っていた「支え」を,自分からそっと外すことができるようになった。その反動が,いろんな体調不良になっているのかも知れないけど。

主人に,クリスマスプレゼントをもらった。とても愛らしいマフラー。真っ白モヘアの年甲斐もない動物のかたち(笑)主人にとって,私はいつまでも変わらない存在なのか,あるいは,そうあって欲しいとの念願なのか。ふと感涙。主人へのプレゼントは・・秘密。思わず手紙などを書いた。遺書みたいになっていた。きっと,私は・・・。って書き出しで(笑)生への執着ではなく,死へのあきらめでもなく。子供達の進路の行き先を,少しだけみることができたからなのかも知れない。

今し方,ちょっと胸が痛み始めた。麻酔で麻痺してた神経が,また以前のように脳に信号を送れるようになった証拠。生きていると言うことか。もうすぐ,もうすぐ2007年も終わる。いろんなことがあったね。でも,きっと「ダイジョウブ」。昨日の小田さんが,最後に歌った,あの俯きがちの表情が,そう「笑顔」で・・と,その強さへと導いてくれた。

そのえがおは どんな かなしみにも
けして まけたり しないから
きみの たいせつな ひとにも かぜにのって
きっと とどいてる

わすれないで きみの そのえがおは
いつだってみんなを しあわせにしている・・


ダイジョウブ・・
posted by とし at 20:19| ☁| ■生life | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

■重なり

次男が息せき切って,アルバイトを終え帰宅。
がさがさと小さな袋を目の前に。素っ気なくストイックなふりをしているが,ちょっとほおが紅潮,父親に似て,肝心な所不器用でポーカーフェイスがへたくそな次男(笑)
K「バイト先のお姉さんにもらったんだ。」
T「エッ?」
K「明日,誕生日だっていったら。」
T「あらら,そうだったの。お礼言わなきゃ。」
K「明日,辞めるんだってさ。」
T「女子大生も忙しいんだね。」
K「ああ。」
すっと,自分の部屋に消えていった。ほら,照れ屋さんだ(笑)
包みの中は,チョコとカフェラテ。美味しそうに頂いていた。ここ一年で,次男も様々な経験を積んだ。彼は,ある夢のため,こつこつ貯金をはじめた。父親も彼も私も尊敬している,あるオーナーさんの影響は大きい。彼の中にある明確な指針は,オーナーさんのひと言ひと言の重みにあった。一重に感謝している。彼の生き方に光を当ててくださった。今日は次男の誕生日。長男も帰ってくるって。
・・K お誕生日 おめでとう。。。
 
:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: ♪

あそうそう,放送委員会のベスト曲目。子供達のリクエストは,「おしりかじりむし」の低学年から「こころ」(←もちろん小田さん)「蒼く優しく」なんて素敵な曲を挙げてくる高学年など,それぞれ発達段階により様々。6年間って大きい・・。で総括すると「ピーチ」「heisayジャンプ」「宙船」「世界に一つだけの花」「ありがとう」・・などなど。クリスマスソングの曲も何曲か。
先生方からは,「懐かしのアニメソング(ガッチャマン・タイムボカン・ヒーローものetc...)「明日晴れるかな」「TUNAMI」「チェリー」・・など,これまた,それぞれの発達段階(笑)いや,年代層で様々。御陰で,私もいろんな曲を聴く機会を頂けた。全てレンタルし,聴いてみた。
・・で,
T「どぉ,ふふん。かーさんだって,いろんな曲知ってるんだよ。グリーンの曲や「えぐざいる」や「かつーん」ほか「なんとかHプラス」なんてものも知ってるんだぞぉ。音源あげよっかぁ。」
と,偉そうに次男に振った途端,墓穴。
K「あ,それらほとんど,僕のハードに入ってたのに。相談してくれれば,何もレンタルする必要なんかなかったのに。・・うーん,でもさすが,「おしりかじりむし」とか「懐かしのめろでー」ってやつはないけどね(爆笑)」
K「あ,そうだ,お兄ちゃんも,携帯のイヤホンジャックがダメになったっていって,ミニのハードの音源買ったらしいよ。」
T「は,はぁ?Yが?」
K「いろいろマニアックな曲をDLしてるよ(笑)」
T「なんでKの方が情報早いの!?」
K「まーそういうこと」
(* ̄- ̄)ふ〜ん( ̄− ̄)フーン。いいですよーーーーーぉ。
失敗を重ねて母は強くなるものさ。

:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: ♪

7回目「クリスマスの約束」
小田さん。あなただけです。
いつも私のそばにいて下さったのは。
心の中に,いつでも。どんなに歳を重ねても。
posted by とし at 02:29| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

■たより

拙いHPを,たどたどしくも2000年からアップして,今年で7年目になる。何人かのお仲間が,HTMLのページを去り,ブログやミクシィやその他のツールに変更されたり,忙しい日常の中,おやめになったりされた・・。
私も同様で,なかなか更新もできずにいるのに,そして,もうHTMLのページは止めちゃおうか・・と何度も思ってきたのだが,それでも細々と続けている。

ネットワークの波に漂う星の数ほどのウエッブの中で,偶然にも巡り会うことができたお仲間達のご訪問。うれしくてBBSに毎日夜な夜な書き込みに行き,お相手のページに多くのことを学び,そんな充実したネットの日々の連続だったはずだ。
・・ふと,仕事と家庭と諸々のものに蹴躓いてしまった私。空白の日々がとぎれとぎれに,断続的に続いた。ある大切な仲間からも離れなくてはならなかったり。苦しかった日々。・・そして,やっと,今のこんなネットの関わりスタイルが自分の中で安定化しはじめてきたのだ。

今日,とてもうれしいメールを頂いた。
私が何年か前に勤務していた市の「夏休み理科教室」(しぜんがいっぱい>かがくのへや>夏休み子ども科学教室)の実験のネタを必死で探していたときに,すばらしい先生と知り合うことができた。
ネットワークの妙・・偶然の幸というしかない。こんな,一介の愚理科教員が,理科に造詣の深い先生に巡り会うことができるなんて。
・・その杉原先生からの,心のこもったメールだ。

私は・・
私はこうして,細々でもネットワークに関わっていてよかった。理科の教員を辞めてしまおうと思ったこともあったけど,でも,懸命に続けていてよかった。心の底から思った。
また,しっかり見つめ,しっかり歩もう・・そう思った。目をそらさずに。

杉原先生,ありがとうございます・・。
■「杉原先生の理科室」
posted by とし at 15:40| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

■うれしかったこと

こんなに,理科発表会のために時間がかかってしまったのは,初めてだったかもしれない。私自身のデータサンプル未消化が最たる原因なのだが,それ以上に,プレゼンに持っていくまでの指導の道のりが険しかった。やんちゃ君やのんびりぼーっとさんによる構成メンバーで,実験内容を,自分のものとしてこなすまでに時間がかかってしまったからだ。ぎりぎりまで,発表の連携がうまくいかない。

「あ〜っ,ちがうんだぁ。。あのねぇ(ノ_-;)…
 ここで指示薬の変色を実物投影機で実演して,
 そしてから,研究の動機をスライドで提示するんだよ。
・・あ,実験結果は,スライドだとデータが瞬時に消えちゃって
 手元に残らないから,模造紙のものを黒板に貼るんだよ。」
台本もうまく読みこなせなかったり,シャイな子ども達は,声が前に出なくて,発声からの指導をしなくちゃだったし。う〜ん多難。でも,どうにか形になり,彼らなりには十分到達点に至ることができた。レジュメもできたてのほやほやになってしまったし。

で,結果,残念ながら代表に選ばれることもなく終了。それを聞いていた子ども達は,声を失いがっくり肩を落とした。
「先生,なんであっちの発表が入選したんだろう?おっかしいよ。」
なんて言い張る子もいたり(笑)
「うーん,仕方ない。いままで,君たちも とっても頑張ってきたけど,他の学校だって同じ位 実験実験の日々だったんだよ。」
・・と,子ども達には伝えたものの,実は審査結果ハテナをだったのは私も同じだったり。努力の課程が大切。結果じゃない。がんばった,それでいいじゃないか・・・。そう子どもたちには伝えるのだが,負け惜しみ,負けず嫌いの私(笑)理科発表会の発表内容に関する,適正な評価が成されたんだろうか,地道なデータ解析に基づく発表より,目新しいパフォーマンスものが選ばれているんじゃないか,なんて…( ̄。 ̄;)ブツブツ・・未練たらたら。ほんとに女々しい私(笑)

「ごめんね。ダメだった。必死に頑張ったつもりだったけど。
 私の持っていき方,十分に練られてなかったんだよ。
 子ども達は頑張ってたのに・・ごめんね。」
学校に帰って,担任の彼に素直に己の指導力不足を謝った。
「いえ。toshi先生,結果じゃないっす。奇跡でしたから。
 彼女や彼が,あんな風にしっかりと発表できるなんて奇跡だ。
 toshiイズムを感じました。本当に昨年までより
 何倍も苦労されていたのをずっと感じてました。
 こちらこそすみません。彼らをメンバーに送ったりして。
 でも,やりたがってたんですよ。理科研究を。
 そして,変わってきたんですよ,彼ら。」
・・え? そんな風に見ていてくださったの?と同時に,今までの未練なんてふっとんだ。そして,女々しい自分がとっても恥ずかしくなった。そして,実験に費やした純粋な時間が,救われ報われた気がした。私こそ結果にばかり拘って,何のことはない,安っぽい自尊心(指導者としてのエゴ)の域を出ていなかったこと実感&痛感した。

***************

その後,電話が一本。
「もしもし,そちらの生徒さんの忘れ物だと思うんだけれど。
 台本とピンクの道具入れ。名前が書いてありますから。
 お届けします?」
理科の仲間からの連絡だった。
「あ。とんでもない,今取りに参りますから。。」

びゅーーん
(車で移動。・・実は動揺して,一本道を間違えた(笑))
まだ,発表会のなま暖かさの残る会場,
とし「すみませ−−ん。お手数おかけしちゃって。」
相手「いやぁ,残念だったねぇ。いい発表もってきたのになぁ。」
とし「いいえ,子ども達,あれがベストでしたし,
   私の至らなさだったから(笑)」

「あぁぁ,toshi先生じゃないですか!」
大きな声で,近寄ってこられたのは,前々任校で受けもった子たちの懐かしい保護者。そこの職員をされていた。
「うわぁぁ。asamiちゃんのママ。なっつかしいです。
 今日も,相変わらず,彼らの時みたいに理科研究発表でした。
 あのときは,県で賞をもらえたっけ。」
「・・ふふ,相変わらず熱いですね,先生。
 で,あのねasami,何を目指してると思います?」
「は?」
「教員なんですよ。toshi先生みたいになるんだって。
 教員養成コースに進んだんですよ。」

頭の中真っ白。
・・・これ以上の,私への,何にも代え難い言葉はなかった。
この途をえらんだことの価値。
つまらない見栄だけの指導の払拭。原点に戻ろう・・・。
posted by とし at 00:02| 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

■彼岸会(え)

久しぶりに実家に帰り,弟妹家族との談笑。私が畳の上で気兼ねなく大の字に寝っ転がれる唯一の空間だ(笑)

妹夫婦の長男は今年高1になり,弓道とピアノを愛する面白い子に成長した。薬剤系妹の連れ合いは,常に携書のPC&政治歴史等,様々に見識深い味のある人物だが,なんとも横顔がパパコピーの甥を見てこっそりほくそ笑んでしまう。小6姪は160aの長身,屈託ない笑顔ののほほん系ピアノ弾き。地域の事情で中高一貫校か私立の中学受験を考えている。そこに,我が家の大学2年お薬系天然素材の長男と,表面的に限りなく今風バンド系?の高3次男が同席すると,なんともおかしな系図の切れ端となる(笑)

つい一昔10年前は,座敷の中亡き母にだっこされたり,子犬のようにじゃれ合ったりしていた彼らだが,年とともに克明に歴史は刻まれ,主を弟に譲った実家の奥の8畳間は,人口密度が高くなったみたいで窮屈だ。それなのに,恒例トランプ&UNOを何時もと変わらずにけらけらやり合っている。笑い声のトーンは大人びてきたけど,ほんのり無邪気さだけは時間に流されていない,そんな空間。

こちらの8畳には,怪しい外国を渡り歩く弟と,妹の連れ合いと,主人とが,何だかんだと酒を酌み交わし(3熊さん談合といふ),我々姉妹はかしましく世間話に興じている。そんな相も変わらぬ実家の談笑。

8月の盆は,家の長男が手術をしたため我が家は同席できなかったが,その分まで和やかに時は過ぎていくようだ。長男同様,学生時代を杜の都で過ごした妹。8月の入院時,杜の都の6車線をうろうろ迷子になったことや,病院へ行き着けなかった話をした途端「ま,お姉ちゃんじゃ,そのとおりだよね〜。でも,街並みも変わっちゃったんだろうなぁ。Y君,大変な付き添い付きだったわけだ(笑)でも○○の笹かまぼこはやっぱ一番美味しい。( v^-゜)Thanks♪」私とおんなじテンションの笑い声。息子たちが「流石姉妹だ。」って逆に母親たちを笑いものにしている(笑)

いつものように,墓参り。香をたき墓前に手を合わせる。父さん母さん,おばあちゃん,今年もまたこうしてお彼岸が来ましたよ。YもKも自分の途を,凸凹に足を取られながらも歩んでいますよ。私もやっと深呼吸ができます。。

穏やかに,彼岸の1日が過ぎていった。
posted by とし at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

■健やかなる

■身近なところからのアングル
大切なのは,こころとからだの健やかさだと痛感。

ネットの大切なお友達のご主人が緊急入院していて,先ほど,一山を超えられたことをメールで知りほっとした。私の家族も含め,命の一線に関わる状態に瀕すること,いや,命の際を問われるところまで至らぬにせよ,身近な家族の病状に接する事って,大変で大事なことだ。

看病していて,症状の推移や病人の心の動きや,病室の中の空気は,いろんな色になるから。私も今までに,いろんな病室で,いろんな大切な人の付き添いをしてきたけれど,本当に痛感する。

何にもしなくてもそばにいて,患者が家族の鼓動や息づかいや体温を感じてられることが,大切なんだって感じた。父の時も,母の時も,姑の時も,そして最近の長男の入院の時もそうだった。
「ああ,来てくれたんだね。ムリしなくていいのに。」
・・っていっていながらも,必ず来て欲しがってるし
「何だ,今日は随分遅かったね。」
・・って,数十分遅れてもかなり「遅い」と感じてるし。
病室でひとりぼっちで,待ち人来たらず・・の気持ち。。

本当は,大変なとき,大切な誰かに気遣って欲しい。
人間は,何時だって,そう願っている。
身体が傷ついたり病んでしまったりしたときも
そして,こころが疲弊してしまっているときも
ぽかんと空いてしまった穴は,自分で埋めるしかない。
でも,そうするエネルギーが尽きてしまうときだってある。
健やかに・・・そう願ってる
私もそうだったけど 疲れちゃってませんか
大切な人たちみんな 健やかに そう願ってる
離れている所にいるあなたにも
息子と変わらないところでストラグルしているあなたにも


■ちょっと違ったアングル
安倍さん。お疲れ様でした。
一国のリーダーとしての采配を問われ 様々な対処に追われ
勿論 政治家であり しかもTOPポジションであることからすれば
 投げ出しちゃうなんて何事?!
 もっと違った身の振り方もあったろう!
なのだろうけど
私ね,ひとりの「人」として お疲れ様を心底伝えたい。
考えたら,主人とさして変わらぬ年齢
ふと そんなことを近くに感じた

瀬名さん。お疲れ様。
いろんなことを やはり悩まれていたんですね
SF界の中で いろんな風に煽られて
でも ちゃんと瀬名イズムですから
ずっと瀬名イズムなわたしですから
 そんな瀬名さんだから ファンであり続けるのかな
posted by とし at 10:10| Comment(2) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

■DEATH NOTE

次男と一緒にDethNoteTVロードショーで,なんとなく観てしまった。「ヒカルの碁」を描いた漫画家さんとか。うーん「藤原佐為」のファンだったな・・ってちがうか(笑)
「週刊少年ジャンプ」(集英社刊)で連載がスタートし、コミックスの累計発行部数が2500万部を超える大ヒット作品「DEATH NOTE(デスノート)」。
ヒットだったとか(あまりよく知らなかった)…うーん,ミステリー要素も含め,何となく頷けるけどね。サイバー的知能戦・心理戦を繰り広げる二人の賢き少年のお話。トリックの詰めは,「DEATH NOTE」神の領域に持ち込んでいるところが,漫画・アニメチック。「死に神」にも人間くさい,人格(・・うーん神格か)を匂わせているのもおもしろい(笑)

HGふぉー再び
って,↑にリンクしてある以前のエントリ同様,恒例となった「人間ドック」において,今回もかなりきつ〜いお達しがあった。特に「血液」。ド〜ロドロとか,油分が多くてつややかとかではなく,とにかく「ヘム」不足なのだ「Fe」。要精検を通り越し「H」の段階だ。そして低血圧。・・うーん,何となく儚く虚弱体質って感じでしょう(笑)アルフェミニ常用者であり,自分でも・・一瞬だけ心がけてたのだが,鉄剤がどうしても体に合わなくて…そのぉあのぉ,自然摂取もそんなに意識しなかったし…。(〃 ̄ ̄〃ゞ エヘヘ。で,女医さんにしかられた。。
「あのですね。改善が全くみられてませんよ!ちゃんと医者に行きましたか?3ヶ月は服用しましたか?薬剤を。階段2階位でふらふらでしょう?走れますか?厳重にいっときますけど,かなりFeがキケンに足りないですよ,ぎりぎりです!早急にいってくださいね。」
弾丸のように矢継ぎ早に攻撃された・・・ギブアップである。いったって,胃潰瘍だし子宮筋腫だし・・いってるって。でも鉄剤が私を嫌うのよ。。そっか,でも「Fe」に愛でられ,摂取すれば,国際陸上も夢じゃなくなるかもしれない。「50M走」も世界記録(100Mの)ものよりもちょっぴり早いが8秒を切ることができるかも。す,スゴ…って倍かかってんのか。

鉄骨を築くぞぉぉ〜ふーん,こうなったらFe強化食品群に頼るか・・。っていきなり色々買い集めてきてしまった。・・主人に爆笑され,そのあときつく「医者に行くべし!」としかられた。(-- )フーンだ。



美しさを追求・・??そればかりではなく,健康的な間食にも努めるつもりだし,私の健康志向は生野菜サラダの域を超え,ドーピング紛いになりつつある。ま,ちゃんと自然食品群からもとるけどね。

・・・じゃないと,自らを「DEATH NOTE」に執筆荷担なんて事にもなりかねない。別に長生きをしたい訳じゃないけれど,しっかり家族の任を果たしてから旅立ちたいからね。あ,そんなお年頃になってしまった私。いつまでも若い子ぶりっこに終始してはいられないって訳ね。は〜いはい。

■こんなお医者さんの参照サイト↓
人間ドックについて

(*^^*)健康志向だ!
posted by とし at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

■としちゃんです(笑)

なちゅらるず。また再出発です。プロフィールも,本年度のものにちょっと手直ししました(笑)

2000年4月22日スタート。当時は,ホームページビルダーのテンプレートと,付属の緑の壁紙を使っただけの,シンプルなサイトでした。その,ホームを基点にたくさんの仲間が広がりました。たくさんのお仲間のHP巡りが 私の唯一の交流の場だったから。担任する子どもたちの素顔や,我が子の成長や,学習論や,日々の悩みや・・etc...。それとともに,スタイルシートやCGI・JAVAプログラムなど,欲張って,どんどんページがふくらんでいきました。今でこそBBSは気張らずレンタルですが,「ものろーぐ」のページのBBSや止まったままの日記は,未だにプログラム仕様です(笑)今のようなXML RSS仕様のツールなんてありませんでしたから,BBSでごきげんよう伺いです。「としちゃんです,よろしくね。」私はスタートにこう自称しました。畏れを知らない若気の至り(?)でした(笑)私を「としちゃん」と呼んでくれる仲間も,次第に減ってってしまったかも知れません。

でね,いつから「更新=負担」感へと遷移してしまったのです。子どもたちの素顔を語ったり,教育実践を記したりすることが,仕事や家事と両立できなくなってしまったのです。BBSのコメントのresも,各HP巡りも,それなりの時間が費やされるでしょう。気遣えば気遣うほど・・。お仲間のうちHPをそんな理由で閉じてしまった方も多いと思います。(私もその一人でしたが(笑))だから,今の形の「なちゅらるず」は,随分とページを削除し軽装にしちゃいました。
・・うーむ,回顧録あるいは懺悔録紛いになりそうなので,この辺でストップしましょうか。それでも私の「自然体」へのこだわりは,ずっとこのサイトとともに,無意識にも私の根底に流れていたのかな・・。

ネット上での偶然あるいは必然的な出会いは,本当に驚くべき速度と範囲を凌駕してしまいます。瞬く間の貴重な出会いの機会を,たくさんたくさんいただきました。でもね,リアルな関わりと,バーチャルな関わりとの,そこの境がよく理解できずに,様々なすれ違いや,行き違いや,誤解や・・・自分の失礼や,言葉の少なさや,余計なひと言や・・。何人かのお仲間と,再開できずにネットワークが切断されてしまったこともありました。

難しい。TXTだけの双方向性のある交流です。しかも,簡単に一方向性にもできる。確かに難しいところです。でも,信じていることがひとつだけあります。ずっと思っていたことなんだけど・・・。どんなにデジタルでバーチャルな通信手段を取っているとしても,その,モニタの向こうには確かに,その人となりのパーソナリティが息づいてらっしゃるということです。

あるTV番組で,「人は2度死期を迎える」の旨の話がありました。一つ目は肉体自体が滅びてしまう「物理的な死」。もう一つは,関わりのあった人の繋がりの中で忘れ去られ,心の中の存在さえ逸してしまう「心理的な死」。ある意味,物理的な最期を迎えるのは自然の摂理。形あるもの・・の道理です。だけど,忘却による死は,その存在の大きさや,関わりの深さや・・様々な要因により,2度目の死を迎えるまでの期間は,故人との繋がり方により様々になるのでしょう。

たとえば,モーツアルトが肉体的死を迎えているのに,人々が彼の音に触れるたび,息づかいさえ感じ取ることができる。スクリーンにシネマスターが投影されるたび,その役者はその時の存在を視聴者に甦らせる。「音」や「映像」などきっかけとなるある意味「ツール」自体も大きな意味を持つかも知れません。でも「偉人」や「タレントさん」などは,まだ想像力の中で自分の中に存在しているにすぎませんけど。

たとえば,肉親。私など,亡き母が,故郷の紫陽花と石段とともに,握った手のぬくもりや息づかいなどとともに,心の中に蘇生します。その頃になると,その花を観ると。しかも,そうしてリピートされるセンチメンタルなシーンは,関わりが深いほど増えるのかも知れない。逆に・・忘れたいことも,再生されてしまい,故人自身「いい加減,現実の中でしっかり歩みなさい!」と叱咤したくなるやも知れません(笑)・・きっと,深すぎる関わりは,時が柔らかくグラデーションしてくれるのかもしれません。

あ,でね,実際に生きてふれ合ってきた「人」との別れは,こうして2度あるのかも知れませんが,もしかして,ネットーワークで,HNを遣って出会った人との別れは,1度きりかも知れません。ネットワークを切って,忘れてしまえばそれきりだから。それだけ,っていえばそれだけのことなのかも知れませんね。哀しいと捉えるか,そんなモンだって捉えるかは,個人裁量。ある日突然,すっぱり割り切れる瞬間もあるでしょう。さらに,出会っていなければ,その人の存在認識すらないのでしょ。そう考えたら,とても気楽なネットワークなのも知れない(笑)

さて,私のネットのお師匠から「私にとってのHPは名刺だし,今まで生きてきた証」。。的なことを聞いたことがあります。(この言葉は確かではないけど)。。そうです,私がネットに出ているときの,私としての人となりの証は,確かにこれまで語ってきたテキストの群れや,HPのファイルでしかないかも知れない。気張らず飾らず,私としての言葉を綴っていけば,それでいいんだな・・。ふと,最近またなちゅらるにいこうって,初心のコンセプトに回帰した私でした。還元・・かな。
posted by とし at 19:14| Comment(6) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

■大変・・

昨日は,職場の歓迎会だった。
定期異動により7名の転退職された職員に代わり,管理職・事務職員・司書・生活支援員・ワンツープロジェクトなど,様々なポジションの方たちをお迎えした。

この時期,オフィスの入れ物はそのままなんだけれど,人材の動きや,分掌の移動や,様々な少しずつの動きで,部屋の雰囲気までもが違ったものになる。今までの教室が,子どもたちの進級や担任の変更で,まるで違った空間になるのと一緒だ。

私のデスクも,少しだけ違う位置に動いた。今までは窓に背を向けて,オフィスの中を一様に見渡せた位置だったのだが,窓から一列内側の席になって,向かい合わせの男性職員の肩越しに,校庭の広がりや,子どもたちの動きが見える位置に来たのだ。

満開だったソメイヨシノは,少しずつ開花時期のずれる個体差のブロックごとにはらはらと花弁をまき散らし,花軸のみ紅色に残している。そのうち葉桜に遷っていくのも,時間の問題だ。勢い新たな体制になっていく組織と同じく,潔い散り際はやっぱり日本人で良かった。。。などとふと愛国心めいたものを漠然と匂わせてしまう。

サクラ・・TVで「男たちの大和」の映画を観た。撮影手法やキャスティングなど様々なレビューは在ろうけれど,通信兵だった舅が生き抜いてきた時代背景を,なぞる様にただ映るがままに観ていた。私は,やはり幸せすぎる時代に,恵まれた幸を自覚しないまま,目先の嫌悪感や習性や…の感情を増幅されて,神経や心を病むような生活を送っているだけか。生死の際に立たされた,究極の選択を迫られないで済む,人としての権利を享受されているのだから。晩酌の席,舅が孫相手に戦時中の話を何度も繰り返し語ってきた。ただの今昔物語にしてはいけないのだろう・・。その『フィルムの焼き直し』を,修復を思想や政治の戦略など抜きにして,「人として」引き継がなくてはならないはずだ。。

「戦争を知らない子どもたち」と声高らかに歌いきった「団塊の世代」の面々も老い,定年を迎えた後の生き様の選択を迫られている。不思議なものだ。60年代安保闘争の大変難しい理論を側めに,私たちのような,少し後から産まれた世代は,三無主義,事なかれ主義世代となった。学生運動などに心血を注ぐ意味がよく理解できなかった。純粋にカガクギジュツを信奉し,抗争や闘争などを極力避けてきた。で,何を,どう生きてるの?。。と究極の問いを迫られても,「あの。。平和で幸せなら。」とほのぼの系の答えに言葉を濁す。しかし『幸』とは深層に迫る心の動きだが。

『大変だ・・。』職場にあって私はなんども呟いてきた。
「えー!もう締め切りなの?まにあいっこない。」
「また,そんなことをして・・,すぐに現場に行かないと。」
「家族のことも両立なんてできない。組織に迷惑はかけられない」
・・・たいへん・たいへん・・

昨日の宴の席で,新任の管理職のもと,お酒を注ぎにいったときのことだった。
「toshiさん,『なんでも自分一人でできる』あるいは『やれる』と思い突っ走しれる時期もある。でも,人生歯車が噛み合わない連鎖を迎えてしまう時期もある。私もそうだった。貴方にとって,それが『今』なのだろう。焦ることはない。組織に甘えることだ。というより,今まで『自分でしてきた』と思ってきたことも,何人ものスタッフが支えてきてくれたことに気づかなくてはいけない。そして,人の創るその輪に甘えてもいい。その代わり,恩返しは下の世代にすることだ。「大変だ」って思うことはない?よく漢字を思い浮かべてご覧。『大きく変わる』って書く。『大変なときは,大きく変われるとき』なんだよ。」
返杯されながら仰った。

ああ,ふと,その一言で救われた気がした。全てを。今大変なときかも知れない。大きく変わっていこうじゃないか,良い方に,ポジティブに。そんな気持ちでグラスが満ちた。

・・・あ,私はあんまり飲まない。ウーロン茶だったんだけれどね(笑)
posted by とし at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

■A happy new school year!


新年度 明けまして おめでとうございます。
本年度も宜しくお願いいたします。
平成19年度 卯月元旦


まさに弥生3月は師走であった。教員にとって恒例の師走は,年に2度訪れる。学年度末の殺伐たる校務分掌・事務書類の整理や,仲間達とのやむを得ぬ別れや,子ども達との節目をちゃんとケジメを付けることや・・・。その他,家庭人としてわが子達の新年度の準備なんていうのもある。新年度おめでとうに因み,いくつかの雑感を(笑)

■■
職業柄,小さいお子さんのママさんのサイトを拝見することがある。そして,この時期よく更新できるなあ・・と感心する。どう時間を捻出して,懇切丁寧に時評などしているんだろうと言うこと。リンクを辿れば,HP,ブログ,MIXI,様々なサイトにてかなりの量のコメント。。記事をアップするのにも,数十分ですむはずはない。エントリのためのネット検索にだって,それ相応な時間が費やされるはずだ。そして,他の方の子育て等批判的に言及するないなや,自分は子育ても家事もちゃんとやってますよ,という画像アップもされている。一体なんのためにサイト更新をしているんだろう,と余計な心配をし苦笑してしまう。どれだけの時間が…我が子のための時間が流されて行くだろう。

お子さんや,ご主人や,家族のための時間は取り戻せないよ。背中で返事をするのではなく,目を見て向き合って,抱きしめてください。老婆心ながらのひとこと。ただ,虚しいけど,そうしたトークが,彼女たちを救っている場合もある。リアルなコミュニケーションではなく,バーチャルに踏み込んだコミュニティ,これも時代の流れなんだろう。

って,なんか偉そうだけど,実はネット依存的だった私が,一時期陥っていった「HPは自分の部屋できれいにしておきたい症候群」。HP=「想い出づくりの部屋」自戒。しかし,脆くもぱらぱらと崩れ落ちてしまいそうな,ガラスの部屋になってしまう危険性も孕んでいる。まさに危機感として共感してしまう部分ばかりだから。

多分に性別や年齢を問わず,こうしたネット依存は蔓延しているに違いない。メールにしても,多少のタイムラグさえ「どうしたのtoshi?,ちょっとres対応が遅かったけど,私,何かいけないことしちゃったかな・・。」そんなお返事をもらったことがある。残念ながら,技術の進歩たる「時間の短縮」は,心の余・暇・ゆとりさえせせこましく狭めてしまっているようだ。誕生日,妹と何人かのネット友達からおめでとうメールをもらった。勿論「タイムリーにお祝いが届く」ことのうれしさありがたさもある。けど逆に頂けなかったときの寂しさ・・ふと“そのこと”ばかりに拘ってしまっていた自分も,なんだかなーと虚しくなったことも否めない。人って自分勝手な生き物だしね(笑)

ただ一人,奈良に住まう竹馬の友とは,書面のやりとりだけだ。気の向いたとき,季節の香の便せんに,一筆さらりと認めるくらいだけど,時に野草を押し花なんかにしてね。「ね,元気?お嬢さんどうしてる?うちの息子ったらね・・」という具合に。おかげで,旅行に行くと,そのご当地一筆箋を自分の土産にしてしまい,便箋の類収集は私の趣味になってしまっている。彼女に充てた書面だけは,いつまでも,彼女と過ごした青春時代の名残のままだ。互いに,もう「天命を知る」年齢に近づいているにも関わらずである(笑)

■■
時節柄,サクラの花に感傷的になる。今日などは,はらりはらりと花弁が散る様に,言いようのない無常感さえ引き連れてきてくれるのだから。・・ああ,年をとってしまったってことね。はいはい。
人生五十年といわれた。
われ十有五にして学を志す(志学) 三十にして立つ(而立)  
四十にして惑わず(不惑) 五十にして天命を知る(命知) 
六十にして耳順う(耳順) 
七十にして心の欲する所に従いてをこえず(不踰短)

・・・私の実の両親はすでに他界しているが,主人の両親は健在であり,まさにこの論語に示唆されたことを全うに生き抜いてきた人たちなのでは・・とそんな真っ直ぐさを感じる。対照的に,今の50代,様々な面で大人になりきれてないんじゃないかな。そうそう,主人も私もそんなお年頃。長男が二十歳を迎え,すでに孫がいても,いっこうにおかしくない年なんだもの(笑)なのに,不惑なんてほど遠い我々夫婦だ。いつになっても,目の前の子育てにさえ,迷いっぱなしだから。でも,それでもススメ ススメ・・前へ前へと追いやられる。時空だけは無情に推移してってしまう。。

■■
さて,明日から新学年の新学期 始業式。校務分掌,担任発表があるまで,私の正体はヒミツである(笑)いろいろ,新たな気持ちでススメ ススメ・・。
posted by とし at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

■爽

どうせ 新たな出発をするのなら 颯爽と進めばいい
たいへんだ 苦しいと めいっぱいな自分を
幾度 カミングアウトしようと
状況なんぞ そう容易く 変わっていくものじゃあるまい

ときに 人は脆いものだから
ぽろっ と本音を吐き出さずにはいられないだろうけど
その状況下に置かれてしまった以上
その範疇で生きていくか あるいは
そのルーチンを切るか
どちらかしかないだろうし
ルートは改善できる可能性も 含んでいるだろうし
 
とりあえず 努力は人を裏切らないって 私は信じている
そう易々と 成果が顕在化する訳もないし
結果 苦しんだのに なんにも変化なーし
ってことも ままあるだろうけど

でね
ひとの 思いくらいは 大切にできる人に
ってことが前提だけど・・
小学校の 道徳みたいだな(笑)
気遣いや 静かな思い遣りを
ずっと あたためていてくれた ひとのもとに
やっぱり還っていくものなのかもしれない
わたしも そっと 大切にしたい
還るよ その場所に

ああ,そこが かぜの在処なのかもしれない
posted by とし at 08:32| Comment(2) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

■素敵なこと

様々な生き方がある。我が次男も,新たな自分の途を見つけた。彼はある職業に魅せられ,一刀両断,未練たらたらの親の見栄などそっちのけ,新たな途を進み始めた。

元来ボヘミアンで風来坊な自由人の彼である。私学の特進科という進学ばかり目指してのカリキュラムには,息が詰まってしまい,自分も見失ってしまっていたのだ。0時限目から7時限目まであり,放課後も膨大な課題に追われていた。真っ青な顔をした同級生たちも数多い。やめていって,違う学校に転学をしたり,心を病んでしまったり。。。私学の徹底したカリキュラムについていける強い意志の持ち主なら,相当の成果が上げられるに違いないが,我が息子にはそれができなかった。

でも,私に似て意地っ張りなやつである。最後の意地で,理系の証に,数学と物理の学年末試験の点数はおお・・っという点数を一気にしとめてきた。おいおい,こんなにがんばれたんじゃないか・・そういえば,1年の頃は英語科にしても表彰されたこともあったっけ。過去の栄光ってやつだけどね(笑) でもあらためて,彼の生き方に脱帽した親たちである。K,君らしいよ。

そうして・・・もう一つ大きく途を変わられた方がいる。Kの担任の先生である。ある程度,特進クラスの担任として,実績を上げてきた中堅の先生だった。情熱的で,Kの様々な悩みにも,涙の出るほど,親身になって関わってくださった。そして,母親の私の気持ちも,痛い程汲んでくださった。
「お母さん,そんなにご自分を責めないでください。Kは自分なりに葛藤し,自分を見つけようとしているんじゃないですか。お母さんがそんな風に涙を見せちゃいけない。ご自分を責めちゃいけない。」
「先生,私がいけなかったんです。自分の子も育てることができない・・・」自分の仕事のこと,家庭での関わりなど自責の言葉を並べ,思わず思いあまって,涙したときのことだった。彼は適切な言葉ではなく,黙って頷いた後,そう低くつぶやいた。年下の30代の教員の方に,そんな風になぐさめて頂いた。教員としてではなく,保護者としての示唆をもらった。

そして,実はその彼は,この春から小学校の現場にトラバーユした。正式採用ではなく講師としてである。今まで,私学の進学コースの物理教員。それも,進路指導の実績をきちんと築いてきている,中堅の優秀な教員だった彼。その途を,鮮やかに切り,新たに求めたのは,なんと,初等教育の途だった・・・。
「お母さん,今度は僕があなたに,お世話になる番です。
 息の詰まる進路指導の毎日,そしてお母さんの生き方・・。
 いろいろ考えました。僕にも子どもがいるから(笑)」
照れくさそうに微笑まれた。

ああ,素敵だ。
いろんな途を歩む勇気。K。あなたは本当に素敵な担任の先生に巡り会えたんだね。T先生のためにも,もう迷っちゃいけない。私たち両親もだけれど。。

そしてT先生。新たな人生の途,まっすぐに進んでください。Kは,そんなT先生の後ろ姿をきっと追いかけていける。迷ったとしても,きっとまた新たな途を探すことができる。心から感謝です。
posted by とし at 19:37| Comment(1) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする

2007年03月26日

■いくつかの旅

学年末の事務で未処理のものを尻目に,明日は旅に出なくてはならない。きっと,私にとって修学の旅になるだろうな・・。

今の職場に来てから,ずっと私の愛らしい『嫁さん』だった彼女の異動が決まった。現5年,同学年を組んでいる。本当は二人で,最終学年の6年生を持ち上がるはずだった。でも,人事はひと事。うまくいかない。。。

学年を組む前も理科でTTをしてもらったり,研究事例で幾度も助けてもらったり,彼女の内助の功は偉大だった。私がこうして,今もこの職にいられるのは,彼女のお陰と言っても過言ではない。

私も,多分このままの学年というわけにはいかない。多分。。なので,今回の旅は,修学の旅。修学旅行の下見なんだけれど,そのデータは,来年度当該学年をもってくださる方に譲って行かなくては・・・。

組織って言うのは,いろんな不合理や不条理を抱えながらも,進んで行かなきゃならないものだ。・・・・さてと,とりあえずいい旅にしたいな。ね,まゆ嬢。感謝を…ありったけの感謝を込めて。

****

そして,次男もある意味旅立つ。
昨日,主人が長男も巻き込んで集団面接の練習をしていた(笑)
「現在のニュースの中で興味のあることは?」
とかなんとか。別室にて,3人のやりとりを頼もしくも,ほほえましく聞いてた私だったが,ん??途中から聞き捨てならぬ文言有り。

主人「では,君のかーさんの長所を述べよ。」
・・・んん??なんだってぇ〜〜?
長男「う,び,美人で,や,やさしいところです・・。」
・・・あのね!言葉につまってるだろーが!!
主人「えー,ご本人の評価は?」
・・・ふ〜ん,そうきたのね。
天(toshi)の声『ところで,面接官の弁はいかに?』
主人「うう,と,とってもかわいくて,りょ料理がうまいところ・・かな。」
・・・ふ〜〜〜ん。どもってますな。
天(toshi)の声『で,そのメニューはいかに?』
主人「は,はすジュース」・・・冷めたる爆笑・・・
・・・んんん?それって花粉症対策薬じゃないのぉ。
主人「では君はどう思う?」と次男へ設問。

次男「母は,真っ直ぐな性格で,曲がったことが嫌いな女性です。だけど本当は優しい人です。」

ふと,その場の空気が止まった。そして,思わず涙がにじみ鼻腔につんと来る。そんな風に,彼は私を見ていたのか。私の一言一言を,軽く受け流しているものとばかり思っていたけれど。K。ありがとう。かーさん,突っ張ってたけど,でも,もう素直になるよ。ごめん。今まで,本当にKのこと分かってなかったのは,私だったのかもしれない。。
最近涙腺が緩すぎ。花粉症になってしまったらしい。

さあ,旅にでるよ。いろんな意味で,いろんな方向に。
さあ,あとは進むだけだ。
posted by とし at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。