2011年09月11日

■9.11

またまた御無沙汰しました。
いろいろ,ネット空間は彷徨ってはいるのですが,
こちらの文章を更新する意欲が減衰しており
今に至っております。

バーチャル仮想空間に身を置いて
一人自分の時間を大切にする習慣。
多分,HTML時代からビルダー等で
必死にHPを作り始めた頃から覚えた
「己だけの時空」なのかも知れません。

ことし,公私ともにいろんな事がありました。
日本の環境も,政治的にも自然環境的にも
大きく動いている状況です。。

「3.11」に,本国の地は揺らぎ,
まさに自然への畏敬・畏怖をまざまざと突きつけられ
ありの巣をつつかれたように,何もできない人間は
右往左往,途方に暮れることになりました。
私も非力さ無力さを痛感するに至りました。
息子も被災地の直中にて,多くのことを
身に染みて感じていると思います。
(第三者的表現で申し訳ないのですが・・)

親としても,家庭の中で右往左往。。
職業柄,今まで封印してきたこと。
建前だけで生きてきて,世間体を気にしすぎて
自分の家族を,直視できなかったことから
ほつれてきてしまった家庭内のこと。
幸いにも,主人・舅姑にお世話になりながら
単刀直入「我が子の教育」に必死に成らざるをえない状況。
母親として,当たり前に与えているべき愛情が
足りなくなっていたのかも知れません。
辛いですが,掛け違ってきたボタンは
ひとつひとつ,掛け直して行かなくてはならないんですね。
校務が激化し,「忙しい」が口癖になり
目の前の大切なものが見えなくなっておりました。
でも,かーさんはがんばるよ。。。
  ごめんね。
秋。運動会の練習のまっただ中。
真っ黒になり,疲れ果てながらも
でも,「当たり前の家庭人」のアウトラインは
忘れないようにしたいと,そう思う。

「9.11」10年が経過したけれど,ビルを直撃する2機の旅客機の
あの映画のような映像が,まだ生々しい。
テロという人災の局地。原点0。

地震や台風による甚大な被害と,テロという憎むべき罪と
奇しくも「11」という数字に乗っかってしまいましたが
忘れちゃいけない。風化させちゃいけない。
10年経ったって,100年経ったって。

そして,グロ−バルに地球規模のことを
偉そうに書いているけど,
本当は,人間はごく身近な人とのつながりを
十分に大切にして行かなくちゃ生きていけない。
家族とか,コミュニティとか。

「11」心に刻んで。
また,ごくありふれた日常を必死に,
そして,生きていられることこそ幸せである
そんな自覚も忘れないで,感謝しながら
進んで行かなくちゃだなぁ・・

ふと,秋風のさわやかさに挑む蝉。
校庭の木陰のちぐはぐな風景に
そんなことを思う私でした。


posted by とし at 16:58| 栃木 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする
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