2007年10月29日

■かぷかぷかぷ・・

今日は読み聞かせ。読書集会だった。

昨年度は「雪渡り」
クリスタルな情景とともに
子ども達の心の中に一体何が育まれていたろう
微かに 心に共鳴する 鈴の音のように
しかも 雪国の重い積雪のような
 分厚い何かを伴って

私は・・
こんな職業に就けて本当に幸せだ と思える瞬間
子ども達と 純で粋な時の流れを共有できるから


■宮沢賢治
「やまなし」
かぷかぷかぷ・・・

 クラムボンは わらったよ・・・
 カワセミ やまなし かにの兄弟
 川底で きらきらきらきら 生き方が辿られていく

 メルヘンチックな幻影の中に 
 厳しさを滲ませながら 読み進められる
 表面的な かにの兄弟の会話の底流を流れる 生き様
  そして ぷかぷかと 漂うように やまなしは流れていく
   甘く香しく醸成されていく時の訪れもあるのか・・

■斎藤隆介
「花さき山」
心の花が咲く・・ じっと耐える 姉あや 
 きれいな花がさいた 
 足下に 真紅
 私にも見えるのだろうか 見る眼を失ってはいないだろうか
 こころは 曇ってしまっていないだろうか・・
 「三コ」「八郎」の山も 命と引き替えの山
 重いシリーズは ずしんと

「ベロだしチョンマ」
 「火垂るの墓」と一緒で 読むのが憚られる作品
 生き死にの あまりにも鋭角な痛みが
 心に突き刺さってしまうから
 我が子を この手にかき抱いてからは
  読めなくなってしまった作品だった
 「命の強さ」を訴える佳品にもかかわらず
  ・・母として そう母親として
 子ども達の 死の際の 清すぎる懸命さは痛すぎる
 子ども達に分からないように
 体育館の後ろに退いて 幾度も涙を拭った・・

朗読してくださるボランティアの方に向けられた
子ども達の真剣な面持ち
ゲームをやっているときも真剣だが
瞬時に機械的情報処理される顔とはちがう

秀逸な ひと言ひと言が こころに染みいっていく…
そんな 際どい穏やかさがあるから
posted by とし at 20:43| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ■sham reviewer | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

■餡ずるより・・

赤福餅
奈良に嫁いだ竹馬の友,無二の親友“ゆっこ”が帰省するとき,必ず手みやげに持ってきてくれた品。私の餡好きを知ってる彼女「はい,“すーちゃん”にはまずこれね(笑)」といって開口一番,挨拶代わりだ。
すーちゃん:決してキャンディーズ由来の愛称ではない。旧姓から,小中の旧友達は私をそう呼称するのだもの(笑)

今回の「赤福」あるいは,ちょっと前の『白い恋人』の「石屋製菓」など,消費期限及び製造日・原材料表示偽装に関するニュース,及び類似する食品関係企業の経営背景に心痛むものがある。

企業への批判は,巷に流れるネットーツールの中で囂々と非難されているだろうから,そちらにお譲りする。・・インターネット内独善的コミュニティー等の,極めて過激な煽りに関わるのは苦手だ。2チャンネルもずっとアクセスしていない。・・己が傷ついてしまう気がするから(笑)個々人や団体に至る,様々な案件及び裁判などに至る批判を,罵るような口調でエントリーしたり,マスコミを過剰に批判したりしているSNSやblogも,ある意味擬似マスコミュニケーションと等価だと捉えてるので。・・(・・。)ん?あれ?自分の言も同様か(笑)私は,主観的・感覚的感情論の物言いしかできないからね。
今回の赤福など,菓匠を伝統的に引き継いでいかなくてはならない企業の,苦難・苦闘を感じてしまう。老舗ならではの重装備なイメージも,時に「信頼」からその「逆手」「裏手」に廻ってしまうこともあるだろうし。でもね,また美味しいあの『赤福餅』が食べたいな。餡の餅ファンとして,心から「お帰りなさい」を待ってます。そして,『白い恋人』もね。企業の活力や生命感を期待し,企業努力を希望しちゃう所だ。

『赤福餅』とおんなじ位好きなのが『ずんだ餅』ヽ(*^^*)
ずんだ餅って,餅に枝豆のつぶし餡をからめた仙台名物だ。旧伊達藩は,米どころ・餅どころといわれ,ことあるごと餅を搗いては食べる風習があり,餅の食べ方も多彩。中でも郷愁をさそうのが「ずんだ餅」。枝豆をゆで,すり鉢ですり潰し,少々の塩と控えめの砂糖を加え,水をさして練り合わせると,「ずんだあん」のでき上がり。ここに搗きたてのお餅をちぎって入れ,くるんだものがずんだ餅だ。妹が未だ杜の都の住人だった学生時代に,よく土産に買ってきてくれた。豆の粒々を残した素朴な枝豆餡がとっても美味しい。

先頃,長男の所に行ったとき,土産に買ってきた。*ずんだ茶寮
ずんだシェイクもなかなかよ。(^-^)フフ
菓匠「三全」のお土産用ずんだは,消費期限の限界を見越してはじめっから冷凍。( ̄  ̄) うーんなるほど,とそううなってしまった。   「三全」と来たらもちろんこちら・・・

萩の月:by三全
  で,こちら とちぎでの『萩の月』のお友達
みかもの月:by蛸屋
那須の月:byお菓子の城
↑せんせいも今頃,お土産にお買い求めと存知まする(笑)
えっと,私の全くなる主観的評価による勝敗は・・『萩の月』に金メダル!かな(笑)

**杜の都・瀬名イズム**
■瀬名さんLOVEの私。
トラバーユを考えていた。
・・HPも作れるし,瀬名さんのお側にいられるんだったら・・って(笑)
■( ̄  ̄;) うーん,こっちも本気。
ちょっと秘書は年齢的に無理って感じだけど
こっちはどぉ?
・・・本気で年休を頂いちゃうかも・なーんて。
posted by とし at 22:28| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ■れしぴ | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

■私の居場所2

昨日市の理科展覧会だった。
私は理科主任の立場ではなくなり,総合と算数,そして学習指導一般の係になった。後任の先生に理科の一切をお任せし,「お手伝い」という気楽な立場だと言える。本年度はTTで6年生の理科授業にも出させて頂いているため,すこしだけ,理科の自由研究にたずさわることができた。だから休日「私の居場所」でぼーっとすることができたのかもしれない。

昨年度末,理科に携わることを躊躇していた。なぜ自分はこんな仕事をしなくてはいけないのだろう・・といった自問自答以前の問題で,自分を問い直すエネルギーさえ残っていなかった。理科に関する研究論文も,「環境」に関する系統的な単元配列やカリキュラムマネジメント,相関するまとめも,何もかも重かった。ぽこっと空いた穴に,引きずり込まれていくような感覚。ずるずると,しかも途中からは奈落の如く,空虚で急激な加速を伴って。弱虫な私のぼやき(笑)でも,今年は少しだけ,原点に戻れた。かぜの在処?・・そうかもしれない。其処にひとひらの風が吹くように,少しだけ子ども達ともう一度やってみようかな・・・って感覚がふっとわいた。

ダイジョウブ・・
自信なくさないで 少し戻るだけ
君をなくさないで きっと ダイジョウブ
時は流れている 絶え間なく 出会ってきたこと全てを
思い出に 置き換えて 今を生きるために・・・

 小田さんのささやきが,エンドレスに心の中で何かと呼応する。
 笑顔で,そう,自然な笑顔でいられる自分が其処に。

明日へつながる あの広い空へ
高く高くこころ 解き放つんだ
忘れないで君の その笑顔は
いつだってみんなを 幸せにしている
 
 そうだろうか ほんとうに そうなんだろうか・・・

人生は こうして続いてゆくんだろう
間違っても 何度躓いても
でも小さな その物語に 
答えはひとつじゃないんだ

 ああ 答えはひとつじゃない・・・
 小田さん,ありがとうございます

君の大切な人にも風にのって きっと届いてる。
 大切なあなたへ そっと届きますように
 ずっと 伝わっていますように

■変色のふしぎ・ソーラーシステム?
パネル工房「toshi」(笑)で,過日より,パネル工房toshiになった(笑)助手は先日の6年かしまし美女軍団と,5年キューティフォーチームだ。キューティな5年生たちのソーラーな題材が認めて頂けたようだ。新採3年目の有能な担任が,夏休み子ども達と地道なデータをとり続けていた。よく相談を受けて,老婆心から余計なアドバイスをし,何度か関わらせて頂いた研究である。

ここ1週間放課後は,環境サミットの学年児童啓発のための,エコクラブの指導と,彼ら5年生6年生の理科研究の指導とに関われた。あ,もちろん,陸上とかも時々お手伝い要員ですが(笑)そして,昨日明け方まで,朦朧としながら5年生の作品のパネルづくりを行った。間に合わないかと思ったけど,どうにかこうにかやっと仕上がった。ほっ。 しかし,まだまだ詰めが甘いので,データの整理と表現の仕方を工夫し,さらに地区展まで,ちょっとずつかわいいお嬢さんたちと関わっていこう。

展覧の部は一旦区切り,本日からは発表の部。やんちゃ坊主たちと「ボールスピン」へのチャをレンジ考えていたが,「変色」への積み上げでもいいかもしれないなとふと思った。人工着色料と,天然着色料の対比。食品からの抽出や,クロマトでの分析。小学生レベルで簡単に提案できるものにしたいな。ウーン (Θ_Θ;)。。でもね,究極な御子たちなだけに,どうなる事やら。(^-^)フフ楽しんでやろーーっと(笑)
posted by とし at 10:23| ☔| Comment(2) | TrackBack(1) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする

2007年10月22日

■私の居場所

いろいろのじっけん昨日はとっても貴重で稀少な,主人の「オール1日中休日」だったので,我が儘を言って家庭のことをお願いし,午前中から理科研究に行かせてもらった。

ごちゃごちゃ・・10時位から,6年生のかしましき美女5人による「変色」についての簡単な実験を行い,午後4時位に終了。彼女たちも,ずっと集中するのは無理だし,私自身の実験結果のまとめが混乱しそうなので,そうそう切り上げたのだ。で,ぼーーっと理科室の実験テーブルに腰掛け,5・6年の研究の流れを,資料とともに見返していた。

なんかね,ほっとするんですよ。理科室に一人でぼーーっとしてるのって。基本的に私はひとりぼっちが好きな,さもしい心の持ち主なのかも(笑)例えば,群衆の中にいるとしても,知らない場所のカフェの隅っこなんかで,ぽつねんと珈琲を飲みながら,独り読書・・独書してるのがいい。気を遣うのも,気を遣われるのも苦手・・。騒がしいとか,静かとか関係なく,自分が誰かに気遣われていることがストレスなのかもしれない(笑)

なんて言っている暇もなく,延々100枚ほどの実験写真をプリンタで印刷し,実験のまとめも覚束なくなり一旦ピリオド。気付けば7時頃になっている。慌てて買い物して帰宅。あわただしく夕食の支度をし終えて,ぐったりしてると「スーパー銭湯にでも行こうか?」と主人が一言。舅姑にお暇をもらって,次男と夫婦でのんびりしてきた。
・・・ぼーーーーっと温泉につかってきた。ぼーーっとする時間を再び過ごせた(笑)まだまだ,延々,仕事は続くんだけど,少しだけのびしろをもらった気がした。
posted by とし at 06:36| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

■いくつか徒然に

ちょっとばかり,blogから離れてた。気ままに,書いておきたいことがあったんだけど,なんかうまく綴れなかった。。なので,今頃まとめてアップです(笑)

■温暖化・・・
勤務校の行事,11月に入ると「子ども環境サミット」を開催する。本年度で第5回目をむかえるが,初回より「ゴミの問題」や「水質」に関するテーマが続いたので,今回は最もタイムリーな「地球温暖化」についての言及ができたらと思っている。

 今年の夏の異常な暑さや,本校も昨年度まで関わった「GLOBE」の取り組みを提唱した,ゴア前副大統領がノーベル平和賞を受賞するなど,マスコミからも多くの情報が提供があった。あわせて,各家庭の環境問題の意識等により,子ども達の情報が児童個々人の中に保有されているはずだ。しかし,それらはそれぞれにばらついた情報量になってしまっている。先ずは1〜6年生の中にある「地球温暖化」の情報量をある程度共通化し,問題意識を共有できるようにしたいと思った。勤務校はエコクラブを組織しているが,その中の6年生を核に啓発を進められたら…と思っている。って,詳細を未だに苦悶中(笑)

■理科を学ぶ・・・
随分久しぶりに中学校の理科の授業を参観した。地区の中学校理科部会の教育研究会に,小学校の理科担当も参加する機会を得たのだ。それも,勤務校の卒業生が進学している中学校での授業公開。
出張報告より・・服務内容
◆第2学年 第2分野   授業者:K教諭
@単元名 「大気中の水」〜フラスコ内にできた雲の秘密〜
A単元目標
・大気中の水によって起こる現象に興味をもち,進んで調べようとする態度を養う。(関・意・態)
・観察・実験で得られたデータをもとに,自らの考えを導き出し表現する能力を育てる。(思考)
・身近な気象現象の観察や観測を行うことを通して,観察・実験の技能を習得させる。(技能表現)
・大気中の水の変化について理解させる。(知識理解)
 ・・露点の測定,飽和水蒸気量と湿度,断熱膨張,霧や雲の成因
B本時の指導 〜フラスコ内にできた雲の秘密〜
・フラスコ内に発生した雲の成因を考え,観察実験し追究することができ,雲の成因を説明することができる。

◆第1学年 第1分野   授業者:O教諭
@単元名 「身のまわりの物質」〜密度の違いによる浮遊〜
A単元目標
・物質に対する興味監視をもち,進んで調べようとする。(関・意・態)
・観察・実験を通して,物質の性質が物質を見分ける(分類同定,分離)手がかりになることに気付き,その性質を利用できる。(思考)
・質量測定,加熱などの技能,記録や表現の仕方を身につける。(技能表現)
・物質のもつ固有の性質,共通の性質やそれに関わる事象を理解する。(知識理解)
 ・・物質の密度,電気の通りやすさ,状態変化,気体の発生,物質の水への溶解,酸・アルカリ・中和
B本時の指導 〜密度の違いによる浮遊〜
・同じ体積でも物質によって質量が異なることに気付き,2種類以上の物質を混ぜ合わせたとき,一方が浮き,一方が沈むことから,物質の浮き沈みを考える手段として密度を表現・説明することができる。

 1・2分野それぞれの授業研究。特に1分野は中1・昨年度の6年生の「密度」に関する授業だった。6年算数の「単位量あたりの大きさ」の発展でもある。密度の違いによる3種の溶液の分別で,「サラダ油」「グリセリン」「水」を同一に攪拌し3層に別れる状態を実験により確認した。物質固有の性質へ導入の所であったが,根拠を説明する部分で,原体験や思考力の差が見られた。懐かしい面々の活躍が見られて良かった。2分野は雲の発生の成因に迫る授業で,やはり実験中心の展開であった。いずれにしても,小中で,各教科毎の連携を図る上でも,上下の校種の授業を見合うことは大切なことだと感じた。また,同じ学区内での交流が持てると良いと思う。(幼稚園・小学校中学校)

■教え子・・・
日本ハムファイターズ,おめでとう! 双方外人さんの監督さん同士だったね。私はロッテマリーンズびいき。ホームグランドである千葉は,主人が学生時代4年間過ごした,何度か連れて行ってもらった思い出のあるところだし,成瀬投手…実は主人のかわいい教え子だからという,極めて個人的・ローカル的な理由からだけど。主人は「何人かスポーツ選手を教え子に持ってる」って,偉そうにしているが,実は担当授業の社会科を教えてたって言うだけのことが多いのだ。どうも,有名人になると「知り合いだぞ!」と幅をきかせたくなる輩が多くなる。困ったもんだ(笑)

■ずーzooズー・・
きりんさん ごはんだよぉ一昨日生活科の見学引率で,動物園に行って来た。何年ぶりだろう。1年生の担任の時以来だな。ってことは,10年程経ったって事?歳をとってしまうはずだね。ああ・・そうか,丁度私がHPを作り始めた頃とおんなじだけの年嵩がかさんだってことか。あの頃担任してた1年生,究極かわいかった。低学年理科がなくなって,教科担当の都合上低学年に関わることがめっきり減ってしまった。そうでなくても,上学年に配属され,究極のやんちゃたちの学級経営をすることが多かったのに。
・・最後受けもったのは,次男と同学年の1年生たちだ。入学式も当該学年担任で出られず,卒業式も別の学校で6年担任だったため参加できなかったけど…。でもね,我が子と同じ歳の子ども達の成長に,直に担任として関われたことはとっても貴重なことだったのかもしれない。

いやあ,「担任」としてでなく見学に参加するって,少しほっとするところがあって,子どもと一緒の視線で楽しめる。。。きよちゃんありがとう。

さてと,今日はのんびりムードの週末だけど,午後6年生相手に理科研究。しばらく間をあけていたのだけれど,頑張ってみようかな・・って,そんな気持ちになったから。少しずつ私らしくすすもう。。

posted by とし at 10:19| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

■何気なく

長男からの「何もないんだけど,かけただけ。」の電話
妹からの絵文字で終わる短いメール
主人のなんてことない「いつもどうも・・」
そんなものがとても潤いになる(笑)

昨日 人権教育校内授業研究会
昼休みも ブロック会検討をKJ法でやろうと
展開案を拡大 付箋紙の準備
指導者講師先生の接待
・・っていろんなことで過ぎていった
授業者は6年担任 水平社設立の直接的指導
時限立法である同対法が効力を失い何年か経つ
新たな人権教育のあり方が指向されていたが
あえて最も難しい箇所への 視線を逸らさない
彼の直線的な視線は 何時も光を失っていない
熱と光と・・水平社宣言の深き熱き思いを
子供らにどう伝えようとしたのか
 ・・感銘を受けた

何気なく 舅の容態を気遣っただけで
嫁として 十分に尽くせてないのに 
さり気なく 礼の言葉など受け取ると
あつく込み上げる

人との繋がりを あたたかく思う
posted by とし at 07:26| ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

■業師の手

今日は朝から休暇だけど,舅が体調を崩しずっと家に待機。主治医は良心的に休日でも診療をしてくれるから。あわただしく家を出て行く主人にあわただしく朝食の準備をし,その後次男とともに朝食,主人の両親の朝食の準備。そして,目にとまった家事を粗忽にこなし,ふっと空いた時間が9時すぎ。ぼーっとTVのスイッチを入れた。と同時に鋭い秀逸なピアノの音。偶然題名のない音楽会21のチャンネルだったようだ。ずっと視聴していなかったのだが,目前の画面・・「業師」たるセンスに磨かれた,両手の筋肉の繊細な動きに釘付けになった。中村紘子氏の手だった。中村紘子ピアノ学院(1)のオンエア。

ちょうど,中学2年生にショパンのバラードを指南していた。中2のかわいらしい少年は,自分の指先に染み込んだショパンのテクニックを,軽快にパラパラと披露。そこに,全てのピアノ曲の曲想エキスを,幾重にもまとった中村先生の手が,ピアノの奥底をぐっと掴みとるように,がんと深いパッセージを披露。なんか,涙がこみ上げた。

本物。。。えぐるように,壊れ物をいたわるように,鋭角に,柔和に・・その表現は自在だった。・・うーん,ピアノコンテストで金メダリストの中2の少年の演奏にもかかわらず,まだまだ若い。(当たり前だけど(笑))同じ曲のたったひとフレーズにすぎないのに,魅了度は雲泥の差だった。姪っ子のショパンも同じかもしれない(笑)

次は,ラフマニノフの曲を続けて2曲。偶然,最近車に入れっぱなしにしてあるCDと同じ類。「楽興の時」と「ピアノ協奏曲第2番」高校生の青年と,大学4年生の乙女が続けて指導を受けていた。・・う,羨ましい。

ピアノ曲のフォルテの音の立て方と,各作曲家に寄るピアノの音の弾き分け方だった。当然のことながら,作曲家の生きた歴史・その時代背景,作曲家の体型など熟知した上で,楽器を鳴らしていく。ショパンの音づくりをしたかと思ったら,瞬時にピアノコンチェルトの高揚絶頂ラフマニノフのフォルテを,あの小柄な身体でガツンと奏でてしまうのだから。全くぐうの音も出ない。なんて美しい手なんだろう。神は,人の身体において,一つ一つの器官に役割を持たせてくれたが,ミュージシャンの手は,どうしてこうも緻密流暢で,しかも豪腕で繊細につくられているのだろう。
・・いや,イチローにしても同じなんだろうな。つくられた・・のではなく,最善で最適な業師の手に自ら築き上げていったんだろう。プロフェッショナルの極みだ。彼らの手の「神経」や「筋肉」は,音の魂やスポーツセンスの極みを伝達し,その動きを担っている。す,すご・・。

(〃'∇'〃)ゝエヘヘ ずーっと昔ちょっと若い頃,音大出の先輩に
「君のピアノって,中村紘子的なキーの掴み方だね。
 背格好もそんな感じだ」
と言われて,畏れ多くも,すご〜くうれしかったことを思い出した。確かにガマさんのように,全体重を込めてフォルテを叩いたり,背をこごめて弾くところなんか,似ていたのかもしれない。
しかしながら,哀しいかな,私の手はちっちゃくて薄っぺらで,中途半端な凡人の手でしかない(笑)
posted by とし at 17:31| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

■水面下

本日6年生との理科の実験。
「水溶液の性質」の単元も終末になってきた。塩酸や水酸化ナトリウム等の溶液や,リトマス・BTB・フェノールフタレインなど,ごく基本的な指示薬が登場し「化学実験らしい」事ができる単元である。酸性,アルカリ性,中性など溶液の性質による仲間分けでさえ夢中に試行し,意欲的に実験に臨んでいる。酸素や二酸化炭素などの気体発生,ガスバーナーなどの加熱器具による実験や,寒剤の使用など物質の状態変化の実験でもそうだが,ちょっとでも専門的な実験器具を使うと,子供らはいかにも「実験らしい」と感じるらしく「先生,今日の実験はすごかった。」との好評を得る。・・つまり,単なる格好や形式で,なんだかスゴイ実験をしているような錯覚に陥るらしいのだ。そう,はったりね,ハッタリ(笑)

理科離れなんて言われているが,机上で瞬時に物質の変化していく様を確認するだけだって,興味深い事象である。本当は子ども達は理科が好きなのだ。とっても。あと半年も経てば,中学校で分子レベルの化学式を学び,その化学変化の本質が理屈で分かるようになるのだろうが,今のところは表面的な変化を視覚的に確認したり,質量や質的変化を試薬によって判別するに留まっている。ある意味「すげー,でもなんで?」がイリュージョンとあまり変わらない,そんなレベルの動機付けになっているんだろう。彼らの「理科好き」の一因は,観察実験などの体験活動にあるのかもしれない。単純な理由だけど(笑)

「先生,TTでやらせて頂いて本当に良かったです。私一人じゃ薬品を扱えません。。」
本年度はじめて6年を担任している若い彼女が呟いた。本音だろうな。小学校教員はそれでなくても,いろんな分野での教材研究しなくてはいけない。学年を追うほど専門性は増し,歴史も数学も,国語に置いては純文学や古典だってその域に入る。新採3年目に高学年を持った私が,一番苦しんだのはそこだ。方向音痴・運動音痴にもかかわらず,体育も持っていたので,陸上にしてもドッジボール以外ルールも知らない球技種目にしても,目もあてられない指導しかできなかった。若いって言うそれだけで,全教科担当だったのだ(笑)当時の6年生たち・・ごめんね。ってあやまってももう遅いか。

確かに,こんなシンプルで基礎的な実験にもかかわらず,その実験準備には手間がかかる。塩酸や水酸化ナトリウムの規定濃度の調整から,指示薬の調合。発展のための紫キャベツ,例示のため,酸性・アルカリ性の顕著な生活品の準備。炭酸水・二酸化炭素の水溶液,水溶液に溶けるアルミ・鉄等の金属の準備。本当に時間ばっかりかかる。それだけではない。1人1実験なり,グループで何種類ものサンプルを扱う実験なんかして楽しんだのはいいが,劇物にもあたる薬品で金属片の溶解をした後の,途方もない数の試験管の後かたづけがあるのだ。

何年もいろんな学校で理科を担当してきたが,さらにやっかいなのは後始末である。理科室の片隅で,ずーっと,ミョウバン等の結晶づくりのビーカーがそのままだったり,水溶液の中で朽ちてしまった金属片の試験管が放置されていたり,冷蔵庫の中では発芽実験のシャーレがカビの培養状態になっていたり。担任は,次から次へと展開される教育課程の進行を担うだけで手一杯なのだ。

理科や算数のTTという立場だからこそ,今までになく準備や片づけ・教材研究に費やす時間を捻出できる ささやかな幸せ。先ほどの6年担任の彼女にこう続けて答えた。
「あ,私もとってもうれしい。こんな風に自分の仕事を生かしてもらえるって。薬品準備要員,そんな傭兵に徹するから(笑)」

湖面を優雅に滑るように泳ぐ麗しき白鳥。その実,水面下での必死の水掻があってのこと。そんな水面下の水掻きに徹することも,何か素敵に思えた本日だった。おっとぉ,私は定めしガチョウの足か(笑)

ふと・・
posted by とし at 20:04| ☁| Comment(4) | TrackBack(1) | ■まなび・わーく | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

■(〃⌒ー⌒〃)ゞ エヘヘ

昨日,1年生の教室へ行った。
「きそ・きほんのじかん」っていう,学校裁量の教育課程にカウントされない時間にである。算数や国語の読み書きそろばん,3R'sを公文の如く?定着させる時間とでも言おうか,授業中,スキル的に十分な時間が取れない分,水曜日の6時間目に位置づけられている時間である。清掃時間をカットし,低学年に時間的負担がいかないような配慮がされていて,私のようなTTの立場はもちろん,管理職まで全ての教員が1〜6年までの各クラスに入り,基礎基本の定着のためにTTで学べる時間である。

・・で,10月は,じゃ〜〜ん!! 1年生の担当なのよ,私(o^-^o) ウフッ。以前にもちょっぴり触れたが,1年の担任は・・・私と同級生である。心なしか,足取りも軽く少し早めに教室へ侵入である。

1年生「あ〜〜〜○○としせんせいだぁぁ」(フルネーム攻撃)
きよ先生「わぁ,そっか今月はとしちゃんなんだぁ(笑)」
とし「あらぁ,私で悪かったわねぇ。」
きよ「そ,そんなことないわよね。としせんせいが好きな人?」

『はぁぁぁぁぁぁい』(ほぼ全員・・とみえたけど(笑))
まさに,はぁとを射抜かれたような感動だ。
か,かわいい・・じーーーーん。

とし「どぉ?私の人気。う〜〜〜ん1年生ってかわいいわぁ。」
きよ「あら,私の普段のご指導のたまものなのよ。」
とし「あら,そんなことなくてよ。私の人徳ってかんじぃ?」

1年生がにこにこしながら,二人の他愛ない会話を聞いている。
1年生「なかよしなんだね。せんせい。」
きよ&とし「あ,そ,そうなのよ。とぉってもなかよしさんなの・・」
・・・漫才にならないようにしないと・・・(きよ&とし)

「せんせい,ろーかに なんかとんでるよ。すご。」
「わぁぁぁ。せんせいって,けいさん はやいんだぁ」
「みてみて ほら ぼくいちばんでしょう?」

みるみる,自己アピールが始まる。でもね,癒しの空間なのよ。私ったら,笑いっぱなしだったもの。1年生の担任になりたいなぁ・・って本当に思っちゃった。

でも,考えてみたら,此処までしっかりしつけて,屈託なく素直な学級にしているのは,紛れもなく彼女。「きよせんせい」なのだ。同級生とっても素敵。・・って面と向かってはいつも冗談ばっかりいいあってるんだけどね。

教室って,こんな所なんだよね。ほんとうは。
きよちゃん,アリガト♪(*'-^)-☆ 10月いっぱいよろしくね。
posted by とし at 23:32| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■client | 更新情報をチェックする

■サング&アンサングヒーロー

一昨日,私用により休暇をいただいた。僅かの待ち時間,玉手箱みたいに読みかけていた新書封印を解いた(笑)切っ掛けは,ふとした疑問だった。なんで医薬系の入試項目に生物がなく,物理が取って代わっているのか。生命や生態を学ぶべき学生たちに,生物学の基礎がなくていいのかという。1冊の新書をあっという間に読み終え,上記の疑問の解を得た。キーワードは「What is Life?」

■何故量子力学?
お薬系愚息及びお医者系彼の友人も含め,高校の「生物」を選択せずに「生命」に携わる進路を選択した。物理・化学を徹底して極めないと,「生命」に携わることができない。大学に進んでもなお,量子力学を基礎講義として徹底して学んでいる。私も多少は学ばされたが,当然,教育一般のそれとはまるで次元が異なっているし(笑)

「どして?」素人の私にしてみれば不可解な疑問だったし,「そんな教育課程でいいのか?」と何でも屋の初等教育サイドからの反論でもあった。だが,この書を読み解く間にすとんと落ちた。始まりは何時も「愛」♪・・ではなく究極「シュレーディンガー」なのだ。

「シュレーディンガーの猫」と呼ばれるパラドックスは,不確定性原理に基づく自然理解に対する彼自身のアンチテーゼ。そして,DNA構造解析に挑んだ,ワトソン・クリック・ウィルキンズが深く感応する「What is Life?」の刊行に至る。物理学の不確定性・不連続生という概念への疑義と不信から導かれた,最終複雑で不可思議な現象は「生命」への言及だったわけだ。「遺伝子の本体はおそらく非周期性結晶ではないか」「何故原子はそんなに小さいのか?」の極めて重要な二つの問い。あわせて「生命現象は最終的にはことごとく物理学・あるいは化学の言葉で説明しうる」という,シュレーディンガーの総括的予言。・・この時点で,私の中にあった,幼稚で愚かなる疑問と反論は跡形もなく消えた(笑)。

そして,トポロジーの科学。「生物学者は建築家に似ている」という筆者の一言に尽きる。細事を極めた物理化学から,「物事を立体的に考えるセンス」を持ち得る者が生命に携われるのか・・そう感じた。多分その分岐したある領域に愚息たちもいるのだろう。

そう,生命とは「自己複製するシステム」。確かに自己複製は生命を定義づける鍵概念ではあるが,生命観には別の支え「絶え間なく壊される秩序=動的平衡」である。
・・シュレーディンガーによるエントロピー(乱雑さ・ランダムさの尺度)からの省察で。全ての物理学的プロセスは,物質の拡散が均一なランダム状態に達するように,エントロピーが最大の方向へ動き終焉を迎える(エントロピー増大の法則)。ところが,生物はこの「平衡」状態になることを自己回避しているというのだ。生命にとってのエントロピー最大の状態・・それは紛れもなく「死」なのだから。つまり「生命は,現に存在する秩序がその秩序自身を維持していく能力と秩序ある現象を新たに生み出す能力を持っている」ということ。此処にエントロピーの増大に対して「負のエントロピー」の概念が生まれるのだ。

そして私が深く心に刻まれたのは『生命は,食物に含まれている有機高分子の秩序を負のエントロピーの源として取り入れているのではない。消化の過程で「有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解して」,そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収する。・・その秩序は他の生物にとっての情報であり,自分自身にとってのノイズになりうるものだからだ。』の箇所だ。単純なエントロピー論だけでは,「いのち」は語れない,そんな衝撃だった。そして,シェーンハイマーによる「動的平衡」に至っていく。感銘した・・本当に。

■sung heroes & unsung heroes
科学史に限らず一つの歴史を辿っていくと,そこには賞賛を欲しいままにした「サングヒーロー」と・歌われることなき「アンサングヒーロー」が存在するってことだ。

筆者の「生命とは・・」の自問に自答していく緩やかな過程で,無理なく生命科学の神髄に迫っていく手法は見事だった。「生命とは自己複製するシステム」との定義から展開しはじめるストーリー。それは,細胞内の構造を支える螺旋,DNA。しかもその構造は端的な機能美を持ち,設計図たるポジネガのフィルムに書き込まれている暗号はたった四文字しかない。DNAの構造解明が分子生物学時代の到来を告げ,デカルトが考えた機械的生命観の究極を見ることができたという。例えば電子部品の交換と等価であるかのように,生命部品も入れ替えることができるのか,とうレベルへの言及だ。

「動的な平衡状態」論も,「生命とは」に纏わるキーポイントだ。DNA構造発見の歴史に,またアンサングヒーローのひとりシェーンハイマーの存在を連ねている。生命体の身体が性的パーツから成り立っている分子機械ではなく,パーツ自体がダイナミックな動的流れの中に置かれていると言うこと。究極,「動的平衡論」への言及が,「生命とは」の生命観の変遷の末に置かれた筆者の解だった。

さらに,伏線にうまく鏤められた,アンサングな美人研究者ロザリンドフランクリンのこと,ポスドクのこと,サイエンスVSネイチャーなど科学誌を巡るピアレビューのこと,その他諸々のエピソードもとても面白く読めた。いや伏線ではなく,ちゃんとストーリー構成の骨子ともなっているのだから流石。。

・・でね,読みながら最後に痛感したのは,瀬名さんのロボットへの飽くなきアプローチ・夢が重なって見えた点だ。「でもね・・」と,瀬名さんに共鳴しながら,この書の結論終結にふと「続き」を据えたくなったのは,私が瀬名イズムだからなのか・・。

さて,書名を最後まで証さなかったけど,こんな素敵な書を執筆したのは福岡伸一氏。「生物と無生物のあいだ」である。ずっと積ん読の類だったのだが,一気にあっという間に読み進められた。流石茂木先生や内田先生のお薦めの書だ(^-^)
posted by とし at 22:37| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■なんとなくscience | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

■おめでとう・・

他のエントリを書きかけてたんだけど。

やっぱり・・今日はこのニュース。
<巨人>5年ぶりリーグ制覇 原監督、宙に舞う

泣き虫の原君,おめでとう。よかったね。

いろんな思いあふれる素敵な古田さん,
悔しかったでしょうけれど。。
posted by とし at 22:56| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

■言語力

初回のエントリから少しばかり間があいて,間延びした感がある・・・旬を逃したみたいな(笑)でも,いっか。。

■教育界の動向・憂宣言
 内閣や角界の動乱,そして国内ばかりかアジアでの内乱・・ニュースを視聴する限り,世の中の動きはちっとも留まってはくれない。重要課題や問題があちこちに散在&山積している。国内外の体制に関わる大きな話題については,言及できる器を持ち合わせてないので,すこしだけ教育界のこと。
 教育界での動向が少しずつ示されつつある。内閣が総辞職しようと,郵便局が民営化されようと,文部科学省の打ち出したアウトライン,概略はそうは変わらないだろう。ぶら下がり機関の「教育再生会議」がどんなポジションにあろうと,ソニーかぶれも手伝って,私はやはり中教審・臨教審のスタンダード支持者だ(笑)

 高校での英語カリキュラムの話題
中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の外国語専門部会は27日、高校英語で「話す」「書く」能力を重点的に育成するため、現行科目をすべて統合し「コミュニケーション英語(仮称)」を新設する方針
もさながら,少しばかり前朝1のニュースで「ゆとり教育の見直し及び,総合的な学習の時間削減」が取り上げられていた。
小学校、主要教科授業1割増 中教審部会大筋合意 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の小学校部会は30日、小学校の授業時間について、国語や算数などの主要教科と体育の時間を全体として10%増やすことで大筋合意した。
今更ここで言及するエネルギーもない。日本の教育の骨っぽさ,気骨ある取り組みは何処へ。

「総合」減らし「英語」
環境学習は『時代の寵児』から今や『無用の長物』・・・時代の長物?ってこと(笑)環境学習については「ESD」というキャンペーンがらみのイデオロギー。後述する(日を変えて)日置先生の講評で開眼した。…教科の枠取りは真に難しい。…こうなるだろう伏線は既に張ってあったも同然だった。そのことに,教員は気付いていたはず,当初より(笑)違うかな。

■言語力
SSTAでの東日本研究大会では,討論・討議の熱くも爽やかな3日3晩(8/17〜8/19)が過ごせた。そのおり,日置先生,露木先生の両講師の導きは多大だった。が,実は文科省調査官たる日置先生は,当初,3日間の研修全て参加できるかどうか未定だった。だって,こんな渦中ですものね。指導要領改訂,中教審への関与など体がいくつあっても足りない状態で,研修会講師をお引き受け頂いたのだ。頭が下がる。

8/19日の指導講評において,8/17の読売の紙面から,ご自身の関わる分野についてホットに情報提供してくださった。
「言語力」全教科で育成…中教審方針
 今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する『言語力』を全教科で育成していく方針を固めた。
とくに国際学習到達度調査(PISA)での文章表現力や思考力を測る「読解力」の順位が8位から14位に下落,の部分が『言語力』育成に至った経緯であることは明白。今までの「対処療法」からの脱却は,『言語力』を通した一貫性を持たせる点にあった。
「ゆとり教育」からの脱却を明確に示すことにした。さらに、「言葉は学力向上のために欠かせない手段」と位置づけ、小学校の低学年から、国語だけでなくすべての教育活動を通じて言語力を育成する必要
である。改訂の目玉の『言語力』は首尾一貫している。。うーむである。いろんな意味でね。

「英語」に関する件についても事の発端は『言語力』。SSTA研修員もこの『言語力』を,カリキュラム及び授業構想にどう反映させるか・・・まさに,新指導要領の口火を切るべく,最前線切り込み隊長のごとく話し合っていたし(笑)

※理科における言語力育成こちらは角屋重樹先生の資料。同じくSSTA九州ブロック大会(7/27〜7/29)の講師をつとめてらっしゃった,理科教育の大家である。
主題:「実生活との関連を深める」理科学習
新学習指導要領で重視される内容と、その指導方法の改善
講師: 角屋重樹先生(広島大学大学院教授 )
多分に新しい動向を受けた指導法を研究されたに違いない。

■ちょっと心配
それは評価についてである。言語力にスポットを当てた流れになる・・ってことは,当然評価自体もそちらにスライドするということだ。私が教員になってこの方,関心・意欲・態度という情意面が評価の観点に付加された。しかも高いウエイトで。当時一世を風靡した梶田先生の評価だ。SP表から始まって,観点の分析に雁字搦めになっていた初々しい(って自分で言うかな(笑))初任の私だった。

そして今回,また大きな改革の波が評価にもやってきそうである。・・複雑にならないといいな。そして,なにより職員にしっかりした研修期間および機関を与えて頂きたい。加速された前倒しによる改革が,また失敗にならぬようにね。<ご参考までに>
posted by とし at 22:28| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ■かりきゅらむ | 更新情報をチェックする
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