2007年07月30日

■空白と言うこと

『弁証法』について,何種かの理科の教育誌を漁っていたら,「初等理科教育」本年度5月号に露木先生の理科授業論にあたった。実は来月,露木先生を講師にお迎えする「東日本理科研修会(ソニー科学教育研究会)」を本市で開催する。先生はよく『弁証法』を学習過程に取り入れる授業検証をされるため,研修会企画サイドとして,自己事前学習のためのアナログ書籍検索だったのだが。たまたま,その誌のTOPに『ひらめき』に関する茂木・露木両氏の対談が掲載されていて,興味深く拝読した。ソニーのコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーを勤めてらっしゃる茂木先生。確かに両氏の接点はsonyにある。

さて,「授業における子どもの『ひらめき』」を特集した号である。『ひらめき』が生まれ共有・共感し感動できる授業を指向する条件に,露木先生は以下の4つを挙げていた。
1 自由な子どもの表現を保証する雰囲気
2 先行経験とどこかでつながっている
3 異質な考えをもつ仲間と切磋琢磨する環境
4 「ひらめき」を生かせる環境


■茂木先生&露木先生の対談より
アナログな,体を使って遊ぶゲームとコンピュータゲームとの相違から,座学では得られない体験の重視であるとか,「問い」をもつことの重要性であるとかの云々で対談は進んでいく。その過程で私が「あれ?」と思ったのは『空白』という言葉だ。ひらめきには時間がかかる,時間に急かされていてはひらめきは生まれない,と茂木先生は語る。

・・脳の中に『空白』ができ,その空白が長ければ長いほどひらめきは生まれやすい,とも述べている。すぐに答えを与えずに,「あたためている」状態。露木先生は「間」と置き換えていたが。茂木先生もこう続けていた。

・・国としても,知識がどうのではなく「ユウチューブ」(かの動画配信サービス)のような『ひらめき』あるソフト開発ができるような人材を望んでいるのではないか。プリントばかりでは創造力は育たず,答えのない問題にどう正対し,問いを立てるか,どう企画立案するかなんて,点数化はできないだろう…と。また,そこが日本の学生の見劣りするところだという。なーるほどである。

確かに,短絡的,ピザやティムスの結果から,本末転倒でせわしなき「知識注入」が基礎基本と化けている,何でも屋の小学校である。子ども達の思考過程に『空白』であるとか,『間』であるとか,必要不可欠なブレーキの「遊び」みたいなクッションが減ってきているのが実情だ。実は「総合的な学習の時間」が,その『空白』にあたる確実な場だったはずだが,器ばかりの具現化を急ぐあまりその性急さが,現場の学校や教員の中に混乱を招くに留まってしまっていると思う。そういえば,我が家の次男も同様だった。究極詰め込み進学コースにあって,「学問」のなかの「問い」自体を見失い,結局は自己崩壊に近い体験もしている。・・・母親もあっぷあっぷで足掻いていたけどね(笑)

科学的『思考「法」』は文化,どこかで学習しなければ分からないものだという。あえて『思考「力」』とおっしゃらないところがミソである。力はスキルによってまかなえる部分もあるのかもしれない。ある恩師につきチョウの研究をした茂木先生。「チョウの研究」というのは,「チョウについて調べる」のとは違う,自分で「何が言えるのか見つけていくこと」だと,既に子ども時代には理解していたという,流石。

さらに,『創発』について。多用な活動が,脳の中に体験として残っていく。欠損したものを埋めるはたらき=意欲は,「問い」と同じで,多用な体験と強い意志をもつことが,『創発』を可能にしていくという。併せて,茂木先生はヘーゲルの弁証法の思考法についても述べていた。対立する概念を,意見を戦わせて考えていくという方法だが,科学の歴史上からも,新しい考えが生まれる時には必ず激しい考えの対立があるからだという。確かに,ニュートン力学にしろ,ダーウインの進化論にしろ,量子力学にしても激しい抗争があったからね。

結局,ひらめきの根底にあるのは,「非平衡」の状況から起きる。システムの内部に矛盾やずれを起こすことで「非平衡」になり,ひらめきが生まれるという。うーーむ・・たしかに弁証法がらみの論の展開だな。。露木先生も茂木先生よりの論をおもちだから。両氏の論旨が少しだけ垣間見られた気がした。研究会のテーマ展開のおり参考にしたい。…弁証法が全てという訳ではないから。。

■もう一つの『空白』
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2007年07月25日

■SFだましぃ

一昨日,次男の最終検査日で,再び素敵なM医師にお会(逢)いすることができた。また,鮮烈奇抜なM医師語録を期待していたのだが,強いて挙げるとしたら「おっ,親孝行が更に進んだって感じだな。してないって?していることにしてあげよう。」くらいかな(*´▽`*)

到着までに迷子になりかけ等,些細なアクシデントがあり「M先生に報告してやろうか?」と次男に脅迫めいたことも言われた(笑)各種アクシデントのうち,大きな誤算に到着時刻が挙げられる。迷子の割に1時間も前に馳せ参じ候。「おい,なんでこんなに待たなくちゃなんないんだよぉ。」と次男の悲嘆の声。単に私が予約時刻を間違えてしまっただけである・・……(-。-) ボソッ

いや,しかしだ!その御陰で小一時間ほど余剰時間ができ,病院地下のショッピングモールでのお買い物ができたし,めでたしめでたしではないか。最近,万年筆指向に戻りつつある私である。安価のいろんな色ボディ種類も手に入ったしプチ満足。併せて書店もうろうろ。学生協の書店のような雰囲気をもつ店内。医学専門書も多数。長男に対抗できるように(その実とても及ばないが),機能形態学,循環器,薬理学系論文の面白そうなものを立ち読み。で,瀬名さんがらみ,素人にも優しい脳に関するグラフィックものを購入。その他は新潮社や講談社の新書数冊。手にとって購入した後未読のものも多いくせに,すぐに欲しくなってしまう。あたしって罪深くいけない女だわ…(笑)例えば,薫氏の「99.9%・・」の書も昨年の研修帰り横読みしたきりだし,天文学の本,瀬名さんの理論を理解するための基礎知識等々である。書架は雑雑とするばかりなり。

が,待ち時間が確保されているのをいいことに,軽いタッチで一冊読破。「SF魂」巨匠小松左京氏による自伝的SF半生記だ。中高時代,ひょんな事からショートショートの星新一氏を読み始め何人かの作家を経てSFに目覚めた私は,「見知らぬ明日」や「果てしなき流れの果てに」など,MM菌…いやコマツナイズドバクテリアに震撼しながら,氏の作品をくまなく読み漁った(笑)完璧にSFというジャンルに埋没していた。瀬名さん文学に至るまでの系図の一つなんだろう(笑)当時女子校だったため,ベルバラも,エースをねらえ!も,ポーの一族も,そんな少女漫画文化も複線に,数少ないSF同士の一人は,企業の研究開発職に就いた奈良に住む竹馬の友だった。今でも書簡でアナログ交際を続けている彼女だ。彼女の存在抜きには,ブラバンやオケ同好会所属の私も,SFを愛好する私もあり得なかったろう。ヒストリカルイフ?(笑)

■ヒストリカル・イフ?
何がSFの面白さなのだろう。昭和初期から戦争の時代を生き抜き,フランス・ドイツ・ロシア文学,実存主義にも傾倒した高校時代。最終的にダンテの「神曲」をバックボーンに,小松氏はイタリア文学を専攻する。「左京」の「左」は共産党の匂いのする左でもある。氏のつきない幅広さと深さとエネルギーは,一言では言い尽くせないこの『生き様』の背景に因るのか。
「ヒストリカル・イフ」と「パラレルワールド」…「正攻法で文学にしようとすれば大変な量になる材料もそれを裏返した形でまとめれば,ごく短いものにまとめられる…。」当時『この歴史は間違っている』とか『なぜ歴史がいくつもあってはいけないのだ』なんて登場人物に言わせることができるのは,SFというジャンルしかあり得ない。と氏は語る。。

■ナチュラルヒストリカル・イフ
…この「サイエンスフィクション」の想定は,例えば,瀬名さんにおける「パラサイト」であるミトコンドリアの立場逆転の仮想にも通じている。単に,未来空想物語ではなく,深い歴史観や生物観やその他,たまたま「正論」とされているものより生じる,大幅なずれやパラドックスの巧妙さを,擬似科学だ・似非だ・ニセだと言われることもなく,堂々と論じることができるのだから。最近やり玉,ターゲットの挙げられる,「」の話や,「マイナスイオン」や「○○○脳」や「シンクロニシティ」など,なまじっか素人を科学的錯覚におとしめる擬似科学に包含される物たち。SFの世界で理論武装されれば,分厚い構想とともに絶妙な文学として再評価される可能性だってあるだろう。「『イフ』から始めようキャンペーン」ってどぉ?あ,ドリフターズの「もし,○○な□□がいたら」っていうのも同じかなぁ(笑)
■SF。。
posted by とし at 19:28| Comment(4) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

■I Love You!

本当はね,瀬名さんのエントリが,直球で冒頭に書かれるはずだったんだけど…

■小田イズム
カチカチの保守派の私としては,どうも「ググル」って所からネットに出られない。いつの間にか,老舗ポータルサイト「Yahoo!」がホームに復帰していた。だから,ついこちら:「The Flag」をテーマソングにを,し〜っかりチェックしてしまったのである。

「小田さん」の名前は,どこにどんなサイズであっても,しっかり私の視界に侵入してきてしまう。うーん我ながら流石な能力…,などと自画自賛。
しかも「『The Flag』を提供される位のプロジェクトなんだもの,このスポーツプロジェクトってすごいに違いない。」と短絡的に納得してしまうのだ。
・・・その実「そもそもこのプロジェクトってなんなの??」と足下の一番大事なところは見えていないのだから,呆れた幸せ者である(笑)
うーーん,私って“なんとか詐欺”に引っかかりやすいステレオタイプなのかも知れない(笑)

こういうプロジェクト
うーーん確かに,この時期外部からの「夏休みの作品募集」に悲鳴をあげてる教育現場担当者。「学校」を通さず「ネット上」で呼びかけ,有志が挙って自主応募してくれる形式に諸手をあげたいところだ。流石小田さんである。  ってそういうことじゃない(笑)
小田さん,ごめんなさい。でもね,心からI Love You!!です。

■瀬名イズム
実は,瀬名さんのblog:ふりかえればミトコンドリアの最後のくだり,--ウェブで探したんだが、ミトコンドリアの曲の歌詞が見つからない……。「おかあさんといっしょ」のDVDをアマゾンでついぽちっと押してしまった……。--の結びが,あまりに愛らしく,私も必死になって歌詞検索をしたのだけれど,やっぱりそれらしい歌詞は見あたらなかった。
「見つけましたよ!瀬名さん!貴方のために・・・」ってご報告をし,甘美なひとときが悠々と流れるはずだったのだが。…って勝手な妄想か(笑)

 ◇ともだちはアンモナイト♪
その瀬名さんのブログにあった「みんなの歌」のエントリより,私も「ふりむけばミトコンドリア」という歌詞に感銘をうけていた。地球において,生命の発生はおよそ40億年弱前だと云われている。ごく初期は,アミノ酸とそれを作る遺伝子がむき出しの状態で,海中に生きていた。生命が大きな転機を迎えるのが20億年ほど以前。光合成を行う生物が大量発生してしまったことによる。光合成=酸素発生。

二酸化炭素が地球温暖化の元凶として敵視され,光合成により酸素を生み出す植物は正義の味方になっている現在。しかし,実はこの酸素,生命にとって猛毒なのである。生命の元になるタンパク質などの物質を酸化させてしまう。イコール死を意味するのだから。

その猛毒の酸素の大発生により,多くの生命は息絶えた。そして,環境に適応し,生き延びた生命が現在の地球上の生命の先祖になったという。適応できた仕組みは,遺伝子を含む部分「核」を膜で覆って酸素から守り,酸素の酸化力に立ち向かうことだった。その解毒を請け負ったのが「ミトコンドリア」だ。生きるためにプラスイオンを出すミトコンドリアを細胞の中に取り込んだことで,現在の生命体は酸素から自分を守ることができるようになったのだ。

確かに,昨今「活性酸素」の話題が健康ブームに乗って喧しいけど,そんな関連なのかもしれないね。我々が生きて行けるのは細胞の中にミトコンドリアの存在のおかげ。「ふりむいてミトコンドリア」のありがたさを反芻すべきかもしれない。私達は,両親から半分づつ遺伝を受け取っているのではない。本当は母方:卵子から多くの情報を受け継いでいる。実際精子はほとんどDNAを運ぶだけだ。卵子にはDNAがおさまっている核以外に圧倒的に多い細胞質の部分があり,そこから多くの「なにか」を授かっている。でそこに,ミトコンドリア含まれている。実際,ミトコンドリアのDNAを調べると,母方の家系をたどることができるらしい。“ふりむけばミトコンドリアともだちはアンモナイト”という歌は40億年の地球の歴史を振り返りつつ未来を見つめるとても大きな歌なのだなぁぁ。
流石・・瀬名さん! I Love You!! 心から。

◇困ったときのウィキペディアミトコンドリア情報


posted by とし at 01:06| Comment(2) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

■シリーズ:そにー参

■ハーフバックの如く
ダウンサイジングはソニーのかっこよさの一つだ。学生時代,半導体を少しだけ囓ったことのある私。明治維新の志士たちとイメージがかぶり,新たなるエナジーみなぎる業界の一路邁進する息吹が大好きである。

その小型化・ポータブル化により差別化を推し進めてきた,技術屋中核の人物,鹿井信雄氏。彼は自らを「ハーフバック」だと称する。中央でかけずり回るけれど,決定打のシュートはフォワードに譲るポジション。研究開発の華やかさはなく,開発された真新しい技術や試作品をインキュベータで育て,世に送るのだと。やはり東京通信工業KK時代からの技術屋さんである。真空管からトランジスタ・ダイオードへの過渡期。半導体産業の黎明期にソニーと共に育った人なのかもしれない。『ソニーらしさ』を何度か言及されている。ポイントコンタクトではなく,メーカーのもつ技術のデザインをすること,そうしなければ,新しくて革命的な商品なんて生まれない。つまり,各部署が分業的に単独で自分のジョブをこなすのではなく,一つの商品をトータルに眺めるということなのだろう。

◇氏の言◇
プロジェクトで大事なのは,そこに関わる各々の人が,プロジェクトリーダーから部品一個を担当する技術屋まで全ての人が,商品を意識して,更に商品の向こうにいるユーザーを意識して,仕事をしなければならないということです。そのためには徹底した情報の共有が必要であり,情報が得られていれば,自分がやらなきゃならないことは,自分でやるでしょうし自分たちで考え出す。ソニーの商品に関わる全ての人に,その商品に込められた夢を分かってもらい,その価値を認めてもらい,一緒に走ってもらいたいと願っていました。

・・ソニー人ハーフバックとしての氏の人生は,「一つのボールをゴールに向かって大事につないでいくことだった」と結んでいる。組織ではなく個人の尊重・・という「個性」の独立と,組織に腐心することも臆することもなく仕事を進めていくが,一度立ち上げたプロジェクト内での情報の共有は万全を期す。そんな,個々のユニットが確立した,アクティブグループの勢いは眩しく輝いていたはずだ。

どうも,功績を納めたり,それなりの立場を極めたりした方達の言葉って,「○○されるとよい」など座右の銘や教訓めいた語りかけなりがちだ。(最近の素人ブログにもそんな「論」や深刻めいた「言葉遊び」に終始しがちなものも見られる:自戒(笑))ソニーの志士たちの言は,一つ一つが,具体的な実践に裏打ちされ,鼓動と共にずっしり伝わってくる。

例え,ビデオのβマックス(SL−6300)のような商品化に失敗があったとしてもだ。今でこそVHSが消費者市場を謳歌しているが,技術的にも性能的にもβマックスの方が完全に上回っていたはず。他社との規格統一が取れずに消えていったが,その教訓をきちっと生かし,テクニクスにおいてソニーは完全にリーダーとして君臨していった。
・・しかし斜陽は否応なくやってくる・・

■プレステシリーズ&諸々のゲーム論再び
「Playstation」から「PLAYSTASION」
かのビルゲイツ下にあるXBoxさえ凌いできた「プレステ1・2」は頭文字以外は小文字表記。なのに「プレステ3」は全て大文字表記になっている。・・SCE(ソニーコンピュータエンターテインメント)社長によると,パソコンでもゲーム機でもない,あるいは逆にパソコンもゲームもできる新しい「PLAYSTASION」という意味を込めているのだとか。

cellプロセッサを8ユニット搭載したCPUと画像処理にRSX(Reality Synthesizer)GPUを搭載する。ブルーレイ対応ドライブや,USBポート,スマートメディアやSDメモリポートも搭載。。。かなりの機能満載と見て良いが・・・実は標準装備されていないもの・・なんとHDD。いくら大容量にしても足りないから・・という理由らしい。セキュリティのため,ハードディスクを積んでいないパソコンが発売されている昨今のパソ事情。ハードのないプレステ3を「コンピュータ」と呼んでも違和感はないのかもしれない。将来的にはネットワークドライブに接続し,外からでもアクセスできるハードディスクを目指す。

wiiな時代のぱそ事情(笑)…業界の「Revolution」
一時期任現れた天堂ゲームキューブは,ソニーのプレステ台頭に影を潜めた。ソニーのゲーム業界進出は,前述(そにー壱)のマスク-ROMの任天堂に対する,CD-ROM化「CDのマニファクチュアリング」の勝利に収束するかな〜と思われたが,最近のゲーム業界は「wii」と「DS」。つまり業界三位といわれていた任天堂が巷を制覇する勢いだ。

次世代ゲーム機「レボリューション(Revolution)」は「wii」の開発コードネームだ。「オールアクセスゲーミング」というテーマで開発されてきた「wii」。過去に任天堂がヒットを飛ばしてきたファミコン,スーパーファミコン,64といったゲーム機のソフトをDLして遊べたり,ゲームキューブのソフトも使用可能なディスクも使用したりと,あくまでも【楽しめるゲーム機】のあり方,コンセプトを模索する任天堂的行き方かもしれない。「プレステ」を【コンピュータ】と位置づけるソニー,コンピュータ並みの性能を持っていながら【コンピュータではない】と主張するマイクロソフト。その三者三様のあり方も興味深いけれど。
「wii」は,ワイヤレスコントローラーを装備し,手軽で快適なプレイ環境を追求しCPUはIBMと共同開発したブロードウェイを搭載している。グラフィックチップはハリウッドが使われており,今までにないゲーム体感は,DSの精細で軽やかな動きからも推し量れるところだ。(私は,DSしかやったことがない(笑))
「レボリューション(Revolution)」の開発コード名には,習熟しているゲーマーだけが楽しむのではなく,誰もが同じように楽しめるスタート地点に立ち戻り,現在のゲームのあり方を「変革」させようをいう意図が込められているという。

ソニーに端を発し,ちょっとだけ企業の歩み方に触れ,ちょっと脳内改革した私でした。
余談・・
posted by とし at 21:23| Comment(0) | TrackBack(1) | ■kiso-paso-IT | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

■シリーズ:そにー弐

■CI
CIについて。え?ICチップ,集積回路の事を間違えちゃったのではないかって?いや,CI(corporative identity)についてだ。//企業が自社の存在意義や理念を明らかにして一般に広げる活動//

さて,数学を道具にしていた長男は,薬学の本質に惚れ込みそっちに進んだが,同じく数学好きな次男,「経済学をやってみようか・・」と真剣につぶやいたことがあった。今ではまるっきり別なコースに進んではいるけれど(^-^)。経営学や市場原理等に言及する学問は,まさに確率や統計学とシンクロなのかもしれない。実は主人も,社会科学専攻のくせに数学が趣味で,受験科目は物理だった亜種の文系人だ(笑)・・実は,めそめそウエットな私以上に,科学的な面を冷たくちらつかせるのが悔しいくらいだ。教育に関しても同様,彼の羽球も結構科学的。情報ネットワークは一切敬遠のくせにね。ま,現在のネットワーク社会は,べたべた・ねばねばしている側面をもち,ある意味正解なのかもしれない。

だからこそ(っておかしな接続だけど)ソニーの人材発掘も理系・文系などといった枠など一切お構いなしである。プロダクツプランニングに携わっていたという大賀典雄氏。彼はソニーきっての経営陣の一人だが,彼の経歴もまた素敵だ。

ベルリン国立芸術大学を首席で卒業。プロのバリトン歌手活動もしていたという,まさに芸術家。芸大で学生していた頃ソニーのモニタをしていたことがきっかけで,盛田昭夫氏に口説かれ入社。当時,ソニーの名ではなく,東京通信工業KKだった時代の委託社員がスタートだ。しかし,芸術家の彼が60年から展開した本格的画期的CI(corporative identity)。新聞広告でのヘッドコピー,SONYのロゴへのこだわり等のバランス感覚は芸術の粋なのかもしれない。・・スマートな会社だな・・お,やるじゃないか・・人から「アドマイヤー(驚嘆)」される,認められ,賞賛されるためのCI。SONYを大きくするために,「それ以上小さくしても,それ以上大きくしてもだめ,微妙なバランス」ロゴフォントの大きさにまでこだわったという職人魂・・いやアーティストの本質かも知れない。。

そして,CBS・ソニーの代表取締役専務に就任。郷ひろみ・天地真理・山口百恵など70年代のきらめくタレント達の採用。ジョイントベンチャーからのスタート,その解消に苦労しながらも,アメリカ経済の暗雲ブラックマンデーのショックを経て,CBSレコードを買い取り100%ソニー出資会社へ。そしてコロンビア映画の買収。これら,目眩く日米での大反響は今でもおばさんのキオクに新しいところだ(笑)

レコードビジネスは,氏の本業といえばそうなのかもしれないが,40年以上携わってきたのは,プロダクツプランニング。ウォークマン・CD・MD・そしてプレステの成功に関わってきたモンスターでもある。音源CDの高速ランダムアクセスに着目したことや,ゲーム業界では,マスク-ROMの任天堂に対して,当時のプレステの成功裏はCD-ROM化;キーワードの「CDのマニファクチュアリング」だった。さらにコントローラーの改革。プレステのピストル型は,氏の考案だという。

■氏の一言・・
これまで,いろいろな製品を世に送り出してきました。よく,ヒットする商品には開発段階から何か予感めいたものがあるといった話を耳にしますが,私が手がけてきたプロダクツには,それが後ほどヒットする物でも,はじめから予感がしていたといったなどと言うことはありません。いつの時も,最大の努力をして,そしてゴーサインを出す。この繰り返しです。
・・・正直,クリエイティブで華やかなソニーの全盛期を支えた人物による,あまりにも地道な一言に驚いた。しかし,そこに「ソニーの法則」の側面が窺えるのかもしれない。

(〃⌒ー⌒〃)ゞ エヘヘ・・・ってわけで,SSTAのHPも地道に更新しなくっちゃならないな。すみませーん。
posted by とし at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ■kiso-paso-IT | 更新情報をチェックする

■シリーズ:そにー壱

■発掘
実は一昨日,台風一過のつかの間の晴天。布団を干しがてら,いつもの‘ながら整理’押入の荷物の整理も始まってしまった。すると旅行鞄のポケットから,2000年の研修の旅に購入した文庫本がぽろっと出てきた。発掘「ソニーの法則」。ジャーナリストの片山修氏による「トヨタの方式」「ホンダの兵法」「サントリーの嗅覚」・・など企業の企業の経営を言及するシリーズの一冊である。私らしからぬ分野?(笑)さもありなん。研修というのがSony財団の一環,自分の所属する教育団体の母胎たるSonyという企業自体を知りたかったのだ。空港の書店で平積みされていた本書を衝動買いしてしまった次第。素人の私にも読みやすい,現場の息吹の受け取れるリズミカルなやさしい筆致で書かれていた。そして当時,飛行機の中で読みかけ,そのまんま旅行鞄に年間も封印されていたことになるのだが,一昨日,玉手箱の如く封印を解き,家事そっちのけ夢中で読み切ってしまった(笑)

このシリーズ,今では刷新され昨年版も発行されている。下降線,低迷期にさしかかってきたソニー,「たばねる」のあとの章「甦る」が付記され,現在まで経営陣の微かなる軋みへの危惧と「『変わる』ためのシナリオ」が反映されているのかもしれない。未読なので何とも申しあげようもないが。(今度読んでみよっと)
自ら考え,自らの活躍のフィールドを求め,自ら手を挙げ,あくまでも自己責任に置いて仕事を選んでいく。そんな開拓者然とした人間に対して,思う存分能力を発揮できる場を与えてきたのがソニーという会社だ。確かに,屈指の経営陣たち。井深大氏・盛田昭夫氏・はもとより,次回エントリにさせて頂く大賀典雄氏・そして出井伸之氏。購入当時,ソニーは企業きっての活力ある企業リーダーの立場にあったはずだ。バブル破綻移行の数年間で経営を立て直した出井氏の経営手腕。「複雑系の経営」というロジックを経営学者相手に展開するアカデミックさ。。。確かに私の関わる教育財団も,そのユニークで自己責任による柔軟なる,想像力に満ちた教育課程構成など「ソニーならでは」の脈々とした開拓者魂を受け継いでいるものなのかもしれない。

著者は,こうした経営者を生み出す土壌が,組織より個人を尊重するソニーの企業風土にあり,あくまでも個人を大事にし彼らの「チャレンジ精神」にかける所にソニーという企業の魅力と強さにある・・と語る。さらに「夢」やライフスタイルだ。・・これらって,SSTAの我が支部もテーマに採り上げている言葉達だな(^-^)
「つくるT」・「U」・「売る」・「たばねる」の『4章』,それぞれの魅力あるソニー企業のメンバー達(経営陣ばかりではない)が語る『14の法則』から構成されている。

■フェミニズム?
「売る」の中の「法則8:叩けよ,さらば開かれん!」の担当は中川智子氏。エレクトロニックデバイス営業本部に所属する,本書紅一点の執筆者だ。「女性だからといってハンディはなし」との項目立てから筆が始まっているが,とりもなおさず,SSTA(ソニー科学教育研究会)の中で私自身,幾度もガンと受け取ってきた感覚だ。逆を言えば「女性だから」のない反面「女性なんて」という差別意識もない地盤に置いてもらえる。対等。開発や創造にとっては,快適で心地よい空間でもあった。ここが,先日の情報教育研修でのフォリナーの違和感とは異なる土俵なのだと思う。ホントのヒューマニズムさえ感じてしまうのは私だけか(笑)
併せて,こんな部署にこんな人材登用。まさに嬉しくなってしまう。

普段から,どうも真綿のような表面的優しい筆致には閉口してしまう私。明言すべき事をズバリと,しかも的確に死角や仰角の甘さを突いてくるような男性的な真の優しさが好き。余計な含みもクッションもなくスパッとね。彼女たちの中にもそんな共通項が貫かれている気がする。格好良さに共鳴かな。机上PC上での観念論をくだくだ弁述している間に,深く慎重な思索と気っぷの良い思い切り,そして数々の最新情報を基に,広いストライドでぱっぱと闊歩し,あっという間に戦術を実践化しているフットワーク。そんな技術屋さんの息吹が脈々と感じられるかっこよさでもある。だから,昔から工学ラヴなのかもしれない・・。だから,だから小田さん,大好きです!ん? どうも話の脈絡が違うって(笑)

それと,違った切り口ではあるけれど,また,女性ではないけれど(笑)ブログリンクさせて頂いている闇夜のカラスさんの取り組みに,同様のエールを送る者です。科学実践について,公教育の偏狭な側面しか見て取れぬ私は,こうした地道な活動に脱帽なのです。以前ご丁寧にメールをいただきましたが,今後ともよろしくです,とこの場をお借りして。

そして,新潟の被災した方々に対し,心よりのお見舞いを・・・。
posted by とし at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ■kiso-paso-IT | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

■ろくなもんじゃねぇ

ぴぃぴぃぴぃ ぴぃぴぃぴぃ♪ って,長渕剛の歌じゃないが・・(笑)消防法改正により,煙感知器が各家庭に設置されることが義務づけられ,我が家にもしばらく前に4機ほどやってきた。

今朝方5時半ごろ事件は起きた。
その感知器のうち1階に設置されている2機がぴーぴーと大騒ぎしたのだ。
「どうしたんだ,大丈夫かい?」と,寝室からお舅さんが起きてきた。
「あ,お義父さん…だ,大丈夫です。(*^-^*)> じ,じつは・・
 フレンチトーストをこがしちゃって。。」
「気を付けてくれな。」
「す,すみません。」
朝方仕事人の私は,5時ごろから朝食の準備や洗濯をこそこそ始める。帰宅時刻が遅くなるため,朝に夕食の下ごしらえもするしゴミの始末もする。朝のこの時間が,迷主婦として一番勝負に出る時間帯なのだ。朝練のある主人の朝食。みそ汁をパック詰めにし,目玉焼きおにぎりなんて時もある。抹茶いり玄米茶が専らの主人,猫舌なのでさましておいたりね(笑)次男と,主人の両親の朝食もそれなりに準備をする。

・・で,ぴーぴーぴー
ガスレンジの一つにはみそ汁をかけ,もう一つはフレンチトーストをフライパンで焼いていた。両方を弱火にし,洗濯機のスイッチを入れ,ホタルの餌のカワニナの餌の(またくどい(笑))レタスを忘れないようにと,愛車わごんR君に積みに行ったのだ。でね,車内がちょっと乱雑になっていたので,整理整頓なんか始めちゃったのである。もちろん,そのとき既に人間の餌となる(笑)フレンチトーストのことなんか,すっかり脳みそのキオクから消え去ってしまった。。

・・で,ぴーぴーぴー
すごい煙がお勝手からも〜くもく。「ぎょあ゛〜」・・となあいなってしまったのは言うまでもない。

でね,ここで明言したいのは,危機管理ということ。実は,主人も早朝起床,仕事に没頭していた。進路指導の関東ブロック大会の事務局のお仕事や,3学期制の勤務校。成績処理に大わらわなのである。って,私も例外ではなく成績処理の真っ最中だけどね。しっかりデスクワークをこなしていたはずなのだ。もちろんぴーぴー音は彼の耳にも届いていたはず。間違いなく! それなのに登場してくれたのは煙が随分おさまってから…
O「ちゃー,大丈夫“だった”?」“”内過去形。
T「・・・・・・。」黙々と野菜サラダを刻む。
O「あ,あのぉぉ。感知器が鳴ってたようだったけど…。そのぉ」
バン!!と冷蔵庫のドアをしめる(強め)。冷たい気流と気まずい雰囲気流れる。
O「あ,そのぉ…この煙…」
T「フレンチトーストが焦げました!」
O「あ,ほんと,真っ黒な炭だなぁ。はははは…」
T「もう!!!おーちゃんの朝食にします!」
O「え゛?」
T「どうして,心配してきてくれなかったの?お義父さんはすぐ大丈夫?ってきてくれたよ。」
O「だって,ちゃーのことだから,どうせこういう事になってるだろう。はは…は ぁ」
空気の流れが読めてない夫。
T「ちゃーの事だから…ってどーゆーこと?」
O「そーゆー事。」

・・・気まずい沈黙・・・
O「で,こっちのおにぎりとソフトなフレンチトーストは?」
T「Kのものです!!」
O「で…」
T「こっちのフレンチトースト(焦げ)はおーのものです!」
O「は…」

T「もし本当に火事になってたら,私のこと心配じゃないの?」
O「うーん,だって大丈夫だったろ?」
T「結果論じゃないですか…」
O「今度鳴ったら,多分くるから」
T「(-_・)ン?多分? ご自分の食糧事情を察すること&経済制裁の心配もすること!」
O「ひょあぁぁぁ。き,北朝鮮並みの仕打ちか…。」

・・・ま,ちょっとした軋轢かな(笑) ちゃんといつも通りの朝弁はもっていってもらったしね。ほんとはね「だいじょうぶ?」って一言言ってもらいたかっただけなんだ。だっていつだって,私が「だいじょうぶ?」って心配する役目ばかりなんだもの。・・・ちょっと寂しかったって,それだけのことでした。

::本日の教訓::
危機管理 愛情もって 気遣って

マニュアルじゃないし,例外にしちゃだめよ・・(特に二十一年目の夫婦)・・ろくなもんじゃねぇぇぇぇ〜〜♪って?(笑)

危機管理学について・・結構新しいけれど注目される大学の案内
防災危機管理eカレッジ
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2007年07月05日

■またたく星に願いを

少しだけご無沙汰かな。こんばんは。
やっぱりこの時期になると,夏の大三角・・ヴェガやアルタイルなどの天空を想い,ちょっとロマンティックに夜空を見上げてしまう。梅雨がぬけ切れぬ,湿気ってガスった空,決して星の観測には良い条件ではないけれど。七夕の伝説から想起される,遥か何光年も隔てた星達,手の届かぬ空間への空想や瞑想は,いにしえの頃より変わらないのかも知れないね。

天帝の逆鱗に触れてしまった,織女と牽牛は逢えるのかな。
天の川,水かさが増えないといい。
カササギたちの架け橋は,彼らの想いを繋いでくれるのかな。
そんな風に,年甲斐もなく,毎年乙女チックに七夕の空を見上げてきた(笑) 単なる,カオス,宇宙のエネルギーの混沌から導かれる空間にすぎないだろうに,人間は星と星に架空の線を引き,神話や寓話になぞらえたストーリーを紡ぐのか。

(^-^)フフ,ってことで,七夕には1日早いイブですが,明日,私も彼の君にお会いします。・・ってM医師。きっと次男の状態も良好(?な模様)なので最後の診察になるかな。ちょっぴり残念。さて,気張って出かけたいと想っています(笑)

そして更に本日,2日イブイブなのですが,ある学級の担任の先生が退院され,ご自分の学級に復帰し子ども達との再会! 実は,入院されていた1週間,私が仮担任になっていた学級です。やんちゃ君や,へそ曲がり君が多数。素敵な子がいっぱいいるにもかかわらず,切ないほど,自分の感情や想いの伝え方がへたくそで,突っ張ってしまう。双方向の心のベクトルが,互いにそっぽを向いてしまっていた学級です。しかも・・私が担当してきた学年でもあります。私の学級も波瀾万丈でしたけれど。学年として,学級として担任するには,あまりにもエモーショナルなエネルギーが必要な子ども達でした。私も私なりに心を繋ぐ努力を重ねたけれど,1週間なんて呆気ない時間でした。

・・でね,一つだけ彼らの心にプレゼント。
「退院おめでとう!の会」の企画。担任の先生に,自分たちの手で快気を祝って学級集会を開くこと。その話し合い活動に精魂を込めました。はじめは,自分のやりたいことしか主張しなかった彼らですが,次第に「○○先生のためには,こうしなくちゃだめじゃないのか?」と素直な意見を出してくれるようになった。(話し合い活動に沢山時間をかけたけど)そして本日,素敵な会が朝からもたれました。
お迎えの言葉,花吹雪,寄せ書き・・・
手品,得意なこと披露,お料理教室・・・
休み時間や放課後,こつこつと高学年としての活動の合間を縫い,僅かの時間を寄せ集めての準備。今朝も早くから登校したりして。

・・でね,こっそり,担任の彼女にぴったりの,やさしいピンク色の花束も用意した。。私からも,彼女へのプレゼント。まだ,体の傷も,心の傷も癒えないはずの彼女です。そっと,サポートを続けたい。そう決心しました。なにもできなかった私,自分を責めたりもしましたが,私のできる精一杯の,学級と担任への気持ち。どうにもできない気持ち,星に届くといい。

子ども達のベクトルを,そっと配慮していた傍ら,
私のベクトルは,一体どこへ向かっているのか,
実は自分自身見えてない私(苦笑)
posted by とし at 21:24| Comment(4) | TrackBack(0) | ■Lha[s]a | 更新情報をチェックする
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