2007年05月26日

■同業者(^-^)

今日は,久々の理科の集まりがあった。

忙しい・・,心を失ってしまった日々が続き,しばらくの間,定期の集まりにも顔が出せずじまいだった。実は本年度,支部のある本市が拠点となり,東日本大会を催す運びとなっている。

テーマ:科学が好きな子どもを育てる教育
科学的な思考力を育てる理科生活科〜環境学習を見据えて〜
(生活科・・低学年理科の必要性を理科教員は密かに願っているので)
この夏休みに,北海道から東北地区,そして関東の15支部が本市に集結,2泊3日(我々は0泊3日と呼んでいるのだが(笑))の夜通し理科カリキュラムを研修仕合う集いとなる。それぞれの支部の精鋭,約40名がTochigiに集まり,生活科から小中の理科の,各学年分科会テーマに沿った「単元構成」および「展開案」を持ち寄り,3日間夜通し,理想的なカリキュラムに迫る実践案を練り上げ,プレゼンに至るのだ。

本年度,文科省教科調査官日置先生と,筑波大付属の露木先生を基調講演の講師としてお呼びする手はずが整った。お二人の先生にも「0泊3日」の練り上げのおり,十分すぎるほどのご指導を頂けることになる。昨年度は秋田支部がこのブロック別研修会を開催,SSTAに縁の深い茂木先生と,やはり露木先生の基調提案を頂けた。・・・私は,残念ながら,文科省指定の研究発表を抱えてしまい,参加できずにいたが,仲間たちの研修報告を伺うに付け,羨ましいなぁぁの一言である。

東日本ばかりでなく,各ブロックとも,すばらしい先生方を講師に迎えられる。それぞれが充実した展開案を練り上げることだろう。ある種前衛的であったり,学習指導要領の領域を踏み越える内容であったり…。現場にいて日々子どもたちの思考の流れや,感性にふれ合っている現場の教員だからこそ提案できるプログラムが組めるのだ。・・・とはいえ,数時間かかって組み立てた案を,「君たちは子どもの思考を本当に組んで立案しましたか?」などと,講師陣の教授先生方に,ものの数分で破棄され,涙泪の物語も数多く体験してきた私である(笑)・・・とはいえ,睡眠も取れない位の研修会は,いつのまにやら,理科の同士たる堅いチームワーク・結束と,めちゃめちゃながらも,とことん考えちゃったぞぉという成就感にしばし朦朧としながら酔いしれることのできる3日間でもある。

って,私?もう,おばさんなので,研修員っていう立場じゃなくて,運営部の中の走りっぱになる予定です。連絡調整や,講演記録,各学年部会の伝令,コーディネート等々。本当は,研修員になって,あっつ〜く理科を語りたい!!!!!とエクスクラメーションマーク5個分位の若き情熱は秘めているんだけどね(笑)ヾ(^〃)

さてと,またすこーーし,理科ラヴ黒ハートな私に戻りつつあるのでした。同業者:理科屋さんたちの今日の集まりで,先輩方にもあたたかい言葉もいただいたし。がんばれるかなって。栃木にお越しの皆さん,地区別研修の目玉は,足尾銅山体験ツアーおよび,オプションで遊水池,蔵の街巡り・・あのね,とってもいい街です。リーダーセミナーなどでご一緒したり,昔研修会で練り上げたお仲間と再会できるかも知れませんね。楽しみです。。とても。
posted by とし at 21:26| Comment(4) | TrackBack(0) | ■なんとなくscience | 更新情報をチェックする

■同業者(笑)

一昨日,鎌倉の街を散策してきました。翌日の25日(金)の箱根の旅程は,朝から雨脚が強くちょっぴり残念でしたが。。

■■■

初夏の鎌倉は,鮮明な深緑の空気に充ちていた。さっぱりした気候の中,グループ活動も(多少のすったもんだもあったけど)順調に進んだ。鎌倉五山第一位の建長寺を始点にグループ自由行動。私は鶴岡八幡宮でのチェックポイント。うむ,7班をチェックし終えるまで,ずーーーーーっと八幡宮の境内。ふらっと彷徨いたくなる衝動に駆られながらも,「いかんいかん,職務中だ。」と自己を戒めていた。様々なぶらり誘惑と戦うって結構辛いこと・・(笑)

修学旅行の小中高校生であふれる境内。だいたい,帽子をかぶって栞らしい冊子をもち,カメラを首から提げ,大銀杏か舞殿付近にてぼーっと立っている,時にはサングラスなど着用,こんな人たちは,ほとんどの確率同業者です(笑)
「おいこら,そんなところに入っちゃいかん!
 階段の端によらねーとめーわくかかるだろーが。」
「ほれ並べ,大銀杏をバックに,グループの記念写真だぞ。」
ほ〜ら,やっぱね。ひとりほくそ笑む私。・・いや,他にもほくそ笑んでる同業者さんたちがいたかも。(笑)

「わーーーーーっせんせーーーーい,やっと辿り着いたよぉぉぉ。
 銭洗い弁天から迷子って感じぃ・・。遅れ気味だよぉ。」
と同じリアクションで,こっち目掛けて吹っ飛んでくるので,
「おお,よくきたねぇ,がんばったねぇ・・」
とお答えしそうになる。が,我が校の子供らかと思いきや,私を通り越して一つ後ろの同業者さん宛のリアクションだったりするのだ(笑)

「あ,あの,すみません。段葛ってどこですか?」
「あのぉ,国宝館にこっからだとどういけますか?」
「失礼します,頼朝の墓ってどーいくんですか。」
見知らぬ児童生徒さんたちから,何気なく,しかもなんの疑いもなく質問される。こんな時代だ,不審者かもって勘ぐりもあろう。そう易々とおじさん・おばさんには道を聞かないだろうに。彼らも,ちゃんと「せんせー」の雰囲気を読みとっているんだろうね。あ,修学旅行のしおりと,チェックシートをもってれば当然かぁ(笑)

やっとチェックを終えて,ほんのちょっとだけ自分だけの時間も過ごすことができた。小町通のおいしいパスタのランチをいただいて,おいしい珈琲を一口。長谷の大仏が最終集合場所。接続の江ノ電乗車でも,また一悶着あったのだけれど,終わりよければ・・・ってことで。

■■■

えっへっへ,大仏グミ駄菓子屋さんで子どもたちに隠れてこっそり購入したしね〜。
なかなかの,一日でしたよ。
posted by とし at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ■まなび・わーく | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

■いざ鎌倉

明後日は,遙々下野くんだりから鎌倉殿へと馳せ参ずる。
頼朝公が政子の安産を祈願した段葛をぬけ,八幡宮に詣でる所存にて候。我こそは,八幡宮の大銀杏付近にて,各6学年探検隊の一軍を迎え撃ち,鎌倉五山ほか各名所旧跡へのルートを阻む最前線,および殿(しんがり)をつとむることと相成った御家人でござる。
・・な〜んて,別に仇討ちの公卿ってわけでもなく,修学旅行の引率,チェックポイントのおばさんである(笑)みんな,ちゃんと通過するのよ。迷子にならないようにね。
本来ならば,舞殿にて しずやしず・・と舞を一さし,
キャラとしては絶対静御前なのだが,不本意そのものである。

初夏の鎌倉の街並み,寺社仏閣をゆったりと散策したいところだ。
 源氏山から 北鎌倉へ あの日と同じ 道のりで
   辿り着いたのは〜縁切り寺〜〜♪
大好きだった横浜から鎌倉の旅,学生時代,何度か訪れ,それなりの心の旅…ちょっとだけ想い出のある場所でもある(〃^^〃)
紫陽花の季節にはまだ届かずとも,花の寺巡りをしたいな。寺縁切り寺の異名をとる東慶寺も,名月院も,瑞泉寺も・・。それなりの風情だろう。引率であることも忘れ浸ってしまえればいいのに。小心者の傷心の旅へと。いや焦心か・・(笑)

鎌倉五山巡りを計画しているアカデミックなグループもあるが,源氏山のコースの目的は専ら,銭洗い弁天で「お金を増やしてくる!」が彼らの目論見である(笑)小町通も江ノ電も,るるぶ気分のお嬢さんたちがいて,グルメ情報にかけては,まさにTVチャンピオン張り情報の確からしさ。まさに脱帽である。ふふ。

・・実は,鎌倉市の小学校とビオトープ交流も,昨年度から発足。当初,交流校訪問もルートの一つだったが,今回は子どもたちのための旅。せっかくの名所旧跡巡りである。歴史の薫りに浸って欲しい・・そう願っていた。場と時を改めて,またビオトープの情報交換はできるよね。だから,友たちとの,抱え切れぬほどの思い出を,いっぱいいっぱい刻んでおいで,ね。

そんなこんなの1日目を過ごし,以前エントリした箱根方面が2日目の旅程。

・・こころ 癒してこられるといいな・・・
posted by とし at 22:04| Comment(6) | TrackBack(0) | ■まなび・わーく | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

■ほんわか

担任が出張等で不在のクラスに補教に出ることがある。大概,プリント学習や読書・ビデオ教材など,その学年のことが分からない教員が,急遽教壇に立っても大丈夫!な自習教材を用意してくれている。

さてと,本日私が代替に教壇に立つことになったのは1年生。実は先週も,同じクラスの同じ時間に補教でかかわらせてもらった。5月の1年生。私自身6年前にもったきりだが,うーーむ。まだまだ幼いミルクの匂いたっぷりの彼らである。自習など,10分ともたない。(笑)

K「としちゃんなら,国語の授業任せた!」
(・・・ふふ,実は同級生が担任のクラスなのである。)
T「ふーん・・きよちゃんのたってのお願いとならば,引き受けようぞ。」
K「じゃね,五十音のここまで来てるから・・」
T「OK,OK。クラスジャックしちゃうからね〜。」
K「ふふ・・現担任の魅力に勝てるとでも?」
T「やさし〜〜く接して,1年生のマドンナになっちゃうもんねーー。」
K「ほほほほ・・どうかしら・・」
などと,授業案の共通理解もしっかと成立(笑)

愛らしい面々がちっちゃな机にちょこんと座っている。きちんと挨拶もできて,彼女のしっかりした学級経営が伝わってくる。あいうえおの詩の音読・動作化やうたを歌ってアイスブレーキング(笑)「み」と「さ」の筆順をさらって,ワークシートにて一人ずつチェック。「ぼくのもみて」「わたしのはごうかく?」・・ちょっとおしゃべりさんたちの行列もできたり・・「はいはい,順番だからね。」「は〜い。」
「○○○とし○せんせ,すっごーーーくどきどきしたよ。おもしろいんだもの。」
久々に1年生特有,フルネーム攻撃だ(笑)
「せんせ,すーーーーーーんごく たのしかったよ。ね,木曜日は いつもせんせいが くることになったの?だったらいいなぁぁ。」
(ホーッホッホ・・どうだ,私の魅力<(^^)>エッヘン。ちっちゃい子にはもてるんだぞぉ。<自己満足)久しぶりにまっさらな子どもたちの前に立ち,癒しのひとときをもらった先週だった。

「じゃーん。こんにちは。またきたよ。」
「わーい,またとしせんせだ!」
「はい,ちゃんとご挨拶してからね〜。」
・・本日の授業は図工。「ねんど」である。授業の初っぱな,ぐいぐいっとエプロンを引っ張る気配。
「ね,ね,・・・・・なの?」ん?内緒話?
「せんせい・・,あ,あのね,あかちゃんうまれるの?」
「は,はぁ?!」
「だって,ママがきてるぶかぶかエプロンと同じなんだもの。」
しばらくひとり爆笑が止まらなかった。すぽっとエプロンをぬくと
その子は目をまん丸にして「あ,お腹ぺっちゃんこだ。」とひとこと。
「でしょ,先生のお腹の中には,赤ちゃんはいないのよ。」
「なーーんだそうかぁ。」

ねんども,ひとり「あらら,かわいいうさぎさんだねぇ」と褒めたら最後,「ね,ぼくはねとりけらとぷすなんだよ。」「わたしは けーきやさんなの,みてみて」「これなーんだ・・おすしなんだよ。」・・・の応酬になってしまう。ま,そんなひとときもいいか。しばらくぶりに,ぺちゃくちゃ,にぎやかなおしゃべりの中に浸ってた。
・・・でも,どんなクラスにも,自分から話しに来られない,とってもシャイな子がいる。このクラスにも,もじもじしてる男の子が一人。そんな子にはね,そっと近づいて「あ,これドラえもんでしょ。せんせいもだいすきだよ。」と声かけをする。しかも,ささやくみたいに,ちっちゃな声でね。あとは,にっこりをおいてくる。それで,少しだけ,心が通じるような気がする。

1年生って,ほんとに無垢だ。我が子もそうだったに違いない。いつからだろう,いろんな物に左右され,いろんな軋みが出てきて,心を痛めたり,すり減らしたりしてしまうのは。でも,いつの間にか大人に近づき,そしてそれぞれの人生の選択をし,自分の道を歩んでいくのだ。

さーーっと,いろんな思いが駆け巡った今日の補教だった。ミルクの匂いの教室は,微笑ましい喧噪に充ちていた。そんなほんわかした空気は,今の私にとって,何よりのビタミンなのかも知れないな・・。

・・余談・・
posted by とし at 23:02| Comment(9) | TrackBack(0) | ■client | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

■なつ

「なつ」:暑〔あつ〕,生る〔なる〕,熱〔ねつ〕などの成熟の意味を持った季節だとか。。

二十四節気・・
立夏:りっか
 5月6日,ゴールデンウィークの頃夏が立ちます。大地が草で覆われ,一年生のような新緑は次第に深みを増していきます。すでに半袖の子どもたちが教室に増えてきました。
スタイルシートのBGの壁紙に,新緑を・・・と貼りかけたのですが,もう一つ節を飛び越えて,紫陽花です。今日は母の日だから。ちょっと書きかけたけれど,実家の母の好きだった風景の一つに,この紫陽花があります。地元にある紫陽花坂をゆっくりゆっくり登った,そんなシーン。

小満:しょうまん
5月の中旬過ぎには,秋に蒔いた麦などの穂がほっこりと実り,一安心ちょっと満ち足りた時期と言う意味らしいです。昨日,畑の風景の中,次男とドライブしたのですが,麦畑はしっかり金色の海原に近づきつつありました。麦秋ももうすぐ来てしまいそうな勢いです。
田畑を耕し,生活の糧を得ていた時代は,農作物の収穫は人の生死に直結していましたから。だから,麦などに穂がつくと「今のところは順調・・よかった」とささやかな満足・・そこかが小満なのでしょう。
ちょうどそのころは,6年生たちと一緒に,鎌倉・箱根方面へ修学旅行にいきます。ただいま,総合的な学習で「とちぎ発,鎌倉行き」というテーマで,環境面,郷土理解から国際理解面の自己課題を立てている彼らです。いろんな寺巡り,水の問題,ある小学校とのビオトープ交流など,少しずつ深まりつつあります。楽しみ(^^)
・・・おっと,私はその基盤をまとめなきゃ〜の係だったでした。。

芒種:ぼうしゅ
6月6日頃,芒種・・"穂が出る穀物の種を蒔く"という意味で,種まきを始め農家の忙しくなる時期です。ちょうど梅雨に入る頃で、少し蒸し暑くじめじめする時期。温暖化が顕著な今日この頃・・いったい芒種の頃はどんな空気なのでしょう。

・・そして
posted by とし at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | ■environment | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

■やさしさ

4年ぶりに6年生の理科の授業に関わっている。
現在,燃焼で空気中の酸素O2,二酸化炭素CO2の気体濃度を扱っているのだが,いつ頃からか,気体採取機と検知管で%を検証するようになった。燃焼後はCO2の濃度が高くなりO2のそれと入れ替わっている結果が,小学生でも容易く得られる。理科室には10機ほどの気体採取機があり,検知管も,CO2では0.01〜1%の範囲と0.1〜8%の範囲が測定可能な2種と,O2,N,など空気の構成気体の検知管が消耗品として常備してある。環境学習の分野でも,なかなか優れものの測定器でもある。ひいては呼吸,ガス交換の教材へとつながっていく単元配列。次の単元でも大活躍の代物である。
・・・がしかし,信頼性のある実験結果を出したり,他の環境調査団体と実験結果を交流させるにたる測定値にするためには,お金の問題が目の前にどーん。財務相との折衝が肝要である(笑) 事務の先生にご相談,少ない教材費市費からうまく捻出して頂かなくてはならない。CO2は10本で1200円程度だが,酸素はちょっとお高くて2クラス分揃えるとなると,消耗品費の範囲を超えでしまう。うーーむ,時は金なり。やさしさ(簡易さ)も金なり…である(笑)

ガステックの他にも,勤務校ではパックテストを多用している。ビオトープや,故郷の河川の水質調査で,亜硝酸・COD・PHなど,常時測定するのに,専門の試薬を使うなんて小学生ではとんでもない。したがって,「簡易分析」・・誰でも,どこでもできる「簡単な化学分析」キットは手放せない。確かに,ここ数十年間に操作性,安全性ともに格段の向上が観られるようになった。
パックテストも,以前はポリエチレンチューブにピンでプシュッと穴をあけ,サンプルを採取し比色を行っていた。しかし,現行の物は試薬を熱で密封した箇所に,黄色のナイロンのライン(糸)が差し込んであり,引き抜けば検水を吸い込むことができるようになった。ほんの小さな穴の問題だが,企業の開発努力にうなるばかりだ。たまたま,理科の雑誌を整理していて,パックテストでいつもお世話になっている会社・共立科学研究所の取締役岡内氏の「簡易分析」に関する投稿を見つけたのだが・・。

安全性・操作の簡単さ・小型軽量・安価。簡易分析キットの極意であろう。測定原理の多くが比色分析法で,多種の化学薬品を用いているため,さらに保存も常時問題となるところだそうだ。子供らは,プシュッとパックを開封し,水を吸い込み,規定時間変化を待ち,添付の比色計でPHやCODの濃度を測定するだけである。子どもの掌に握れるほどの,使い捨てパックに込められた化学の粋。複雑に調合された試薬たちの干渉でおこる化学反応,変色,発色,潮解・・で,組成も破壊される。その耐久性や,安全性に関する対策を開発する過程・・。厚さ0.5ミリのポリエチレン容器をアルミラミネートで外装したり,乾燥剤を同封したり・・・。確かに,そんな「やさしさ」を,指導者自身意識することもなく,使い続けてきた。

■最後に・・に付記してある一言。小さな企業ではなかなか全てを解決できません。大学での研究,あるいは皆様の中で新しいお考えをお持ちの方がいらっしゃいましたら是非ご提案いただきたいと・・・
とても誠実な言葉が添えてあった。
まさに,傘のキャッチコピーではないが,「何である,アイデアる。」。しかも多くのクロスオーバーな研究によって,きっと何気ない便利さは産まれているんだろう・・・。そんなことを感じた雑誌整理だった。やさしいこと(易しいこと)って,むずかしいことなんだな。。優しさも同じかも知れない・・。

って・・こんな風に記事に介入しちゃったりして,いっこうに整理できないままじゃないですか(ノ_-)・・ま,いつものことだけどね(笑)
posted by とし at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ■なんとなくscience | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

■ダイジョウブ

あの笑顔 見せて 僕の大好きな
時を止めてしまう  魔法みたいに

風が流れている 絶え間なく 遠く離れた人たちの
想いを誰かに 伝えようとしてるんだ

その笑顔は どんな哀しみにも 決して負けたりは しないから
君の大切な人にも 風に乗って きっと 届いてる

自信なくさないで 少し 戻るだけ
君をなくさないで きっと ダイジョウブ

時は流れている 絶え間なく 出会ってきたことすべてを
思い出に 置き換えて 今を生きるために

明日へつながる あの 広い空へ 高く 高く 心 解き放つんだ
忘れないで君のその笑顔は いつだって みんなを 幸せにしている

人生は こうして 続いてゆくんだろう
間違っても 何度 つまずいても
でも 小さな その物語に 答えは ひとつじゃないんだ

その笑顔は どんな哀しみにも 決して負けたりは しないから
君の大切な人にも 風に乗って きっと 届いてる

明日へつながる あの 広い空へ 高く 高く 心 解き放つんだ
忘れないで君のその笑顔は いつだって みんなを 幸せにしている


つっぱって つっぱって つっぱしってきた
けど 小田さんの うたと メロディに向かうと
いろんな想い出が 充ちてしまう
素直な こころ 露わになり 様々な思慕とともに
言葉 つまってしまう
でも えがおでいよう
ダイジョウブ きっと
ね・・ 小田さん

■MP3で 素敵な小田さんの「ダイジョウブ」が聴けます。
ネットでの大切なお仲間 ぴぃさんの「風の街」
posted by とし at 02:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年05月08日

■瀬名イズム

せなさん・・私は,長男を文学館に出向かせ,「ハードカバーにシグニチャーを射止めよ」と指令を出したほどの瀬名さんファンである。今回の研究室お探しミッションも,まるでストーカー紛いじゃないのぉであるが(笑)・・って,あのね,自分のための釈明をしちゃうけど,ちゃんと瀬名さん所属キャンパスHPに紹介されてるんですよ。

ストーリー基盤に,科学へのロマンがあり,虚構の中にも科学的手順が見事に施されているところが,彼の魅力である(はぁと)でも,何が最たる魅力かと言えば・・ぶれない持論をお持ちの所。相手がバーンスタインであろうと,きちっと自分の音筋を曲げない小田さんと重なる点である。だれが,なんと言おうと・・。っていっても,我流・亜流を野放図に無闇やたら振りかざしている訳ではなく,反論も鮮やかでストレートで,悪意のない童心的な発言に思わず微笑んでしまうのだ。

人の嗜好など,脳の司る感覚のうちのちっぽけなエリアのにすぎないんだろう。ある時期マーラーやショスタコービッチ系のクラシックに没頭したけど,ジャズが好きな人もいれば,民謡や詩吟一筋の人もいる。小田さんを否定される人もいるだろうし,瀬名さんのSFに真っ向から異論を唱える方もいる。当然のことだ。例えば,私の好きなアールグレーを「嫌い!」って人がいても,その本人に対し何の反感も持たない。センサーの違いでしかないから。・・うーん,でも「こんな嗜好をしている人の感覚って劣悪」と,感覚を否定されたら,怒るかも知れないけど。「小田の曲のどこがいいんだ。」。。っていわれてもおなじかな。批判の仕方だろうな。きっと。

私は,瀬名さんのファンだし茂木先生の論のある面に共感する一人だ。そのお仲間とだけの論議でなく,対極にある反論を聞く耳を持ちたいと思う。共感の輪の中にいることは柔らかな日溜まりの中に身を置くのとと同じ感覚かも知れない。・・瀬名さんのブログに茂木先生に物申す!のログがある。シビアだが,脳を違った角度で描くブレイン当事者としての一意見,しかも,シースルーな個人のブログの中できちんと書いてらっしゃる。誤解されそうだけど,そんな瀬名さんの視点が大好きだ。

にほんのたんぽぽ・・

杜の街,キャンパスの街路樹の根本に在来種のタンポポが寄り添うように息づいていた。概ね西洋タンポポの群生が占める中ほっとする一面だった。
posted by とし at 23:02| Comment(2) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

■杜の街

昨日はエルダーを送る道すがら,
中継地点にてまたもや家族で温泉三昧(笑)
只今移動中にて,一路東北道を北上中ナリ。

【本日のミッション】
§エルダーのキャンバスにて,瀬名さんの執筆研究室を確認
§エルダーの部屋の掃除&パソ環境保全

ふたつめの方が難問だなぁ(笑)
でも,とても楽しみ!渋滞も回避してるしね。
空模様は雨。肌寒いかな。


■追記
13:05ミッションOne完了!わーい(^o^)
瀬名さんはいらっしゃらなかったけど,でも感動。
研究の香…私がんばろって改めて思ったよ。
posted by とし at 11:01| Comment(2) | TrackBack(0) | ■favorite | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

■としちゃんです(笑)

なちゅらるず。また再出発です。プロフィールも,本年度のものにちょっと手直ししました(笑)

2000年4月22日スタート。当時は,ホームページビルダーのテンプレートと,付属の緑の壁紙を使っただけの,シンプルなサイトでした。その,ホームを基点にたくさんの仲間が広がりました。たくさんのお仲間のHP巡りが 私の唯一の交流の場だったから。担任する子どもたちの素顔や,我が子の成長や,学習論や,日々の悩みや・・etc...。それとともに,スタイルシートやCGI・JAVAプログラムなど,欲張って,どんどんページがふくらんでいきました。今でこそBBSは気張らずレンタルですが,「ものろーぐ」のページのBBSや止まったままの日記は,未だにプログラム仕様です(笑)今のようなXML RSS仕様のツールなんてありませんでしたから,BBSでごきげんよう伺いです。「としちゃんです,よろしくね。」私はスタートにこう自称しました。畏れを知らない若気の至り(?)でした(笑)私を「としちゃん」と呼んでくれる仲間も,次第に減ってってしまったかも知れません。

でね,いつから「更新=負担」感へと遷移してしまったのです。子どもたちの素顔を語ったり,教育実践を記したりすることが,仕事や家事と両立できなくなってしまったのです。BBSのコメントのresも,各HP巡りも,それなりの時間が費やされるでしょう。気遣えば気遣うほど・・。お仲間のうちHPをそんな理由で閉じてしまった方も多いと思います。(私もその一人でしたが(笑))だから,今の形の「なちゅらるず」は,随分とページを削除し軽装にしちゃいました。
・・うーむ,回顧録あるいは懺悔録紛いになりそうなので,この辺でストップしましょうか。それでも私の「自然体」へのこだわりは,ずっとこのサイトとともに,無意識にも私の根底に流れていたのかな・・。

ネット上での偶然あるいは必然的な出会いは,本当に驚くべき速度と範囲を凌駕してしまいます。瞬く間の貴重な出会いの機会を,たくさんたくさんいただきました。でもね,リアルな関わりと,バーチャルな関わりとの,そこの境がよく理解できずに,様々なすれ違いや,行き違いや,誤解や・・・自分の失礼や,言葉の少なさや,余計なひと言や・・。何人かのお仲間と,再開できずにネットワークが切断されてしまったこともありました。

難しい。TXTだけの双方向性のある交流です。しかも,簡単に一方向性にもできる。確かに難しいところです。でも,信じていることがひとつだけあります。ずっと思っていたことなんだけど・・・。どんなにデジタルでバーチャルな通信手段を取っているとしても,その,モニタの向こうには確かに,その人となりのパーソナリティが息づいてらっしゃるということです。

あるTV番組で,「人は2度死期を迎える」の旨の話がありました。一つ目は肉体自体が滅びてしまう「物理的な死」。もう一つは,関わりのあった人の繋がりの中で忘れ去られ,心の中の存在さえ逸してしまう「心理的な死」。ある意味,物理的な最期を迎えるのは自然の摂理。形あるもの・・の道理です。だけど,忘却による死は,その存在の大きさや,関わりの深さや・・様々な要因により,2度目の死を迎えるまでの期間は,故人との繋がり方により様々になるのでしょう。

たとえば,モーツアルトが肉体的死を迎えているのに,人々が彼の音に触れるたび,息づかいさえ感じ取ることができる。スクリーンにシネマスターが投影されるたび,その役者はその時の存在を視聴者に甦らせる。「音」や「映像」などきっかけとなるある意味「ツール」自体も大きな意味を持つかも知れません。でも「偉人」や「タレントさん」などは,まだ想像力の中で自分の中に存在しているにすぎませんけど。

たとえば,肉親。私など,亡き母が,故郷の紫陽花と石段とともに,握った手のぬくもりや息づかいなどとともに,心の中に蘇生します。その頃になると,その花を観ると。しかも,そうしてリピートされるセンチメンタルなシーンは,関わりが深いほど増えるのかも知れない。逆に・・忘れたいことも,再生されてしまい,故人自身「いい加減,現実の中でしっかり歩みなさい!」と叱咤したくなるやも知れません(笑)・・きっと,深すぎる関わりは,時が柔らかくグラデーションしてくれるのかもしれません。

あ,でね,実際に生きてふれ合ってきた「人」との別れは,こうして2度あるのかも知れませんが,もしかして,ネットーワークで,HNを遣って出会った人との別れは,1度きりかも知れません。ネットワークを切って,忘れてしまえばそれきりだから。それだけ,っていえばそれだけのことなのかも知れませんね。哀しいと捉えるか,そんなモンだって捉えるかは,個人裁量。ある日突然,すっぱり割り切れる瞬間もあるでしょう。さらに,出会っていなければ,その人の存在認識すらないのでしょ。そう考えたら,とても気楽なネットワークなのも知れない(笑)

さて,私のネットのお師匠から「私にとってのHPは名刺だし,今まで生きてきた証」。。的なことを聞いたことがあります。(この言葉は確かではないけど)。。そうです,私がネットに出ているときの,私としての人となりの証は,確かにこれまで語ってきたテキストの群れや,HPのファイルでしかないかも知れない。気張らず飾らず,私としての言葉を綴っていけば,それでいいんだな・・。ふと,最近またなちゅらるにいこうって,初心のコンセプトに回帰した私でした。還元・・かな。
posted by とし at 19:14| Comment(6) | TrackBack(0) | ■生life | 更新情報をチェックする
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